詩side

朱里ちゃんとの楽しいお絵描きの時間が

突然の終わりを迎えたのは、日向さんのノックの音

「詩ちゃん、朱里、お楽しみ中ごめんね。
詩ちゃんの大切な人達が下に来てるから
皆んなで一緒にお茶でもしない?」

私の大切な人達って……

星竜の皆んなってこと?

日向さんの柔らかな雰囲気に

思わず頷きそうになってハッとした

ダメダメ!!私は皆んなの元を離れるって……

穂花さんを苦しめたくないって決めたんだもん!

私が行けばややこしい事になるよ!

だから、私は首を振り続けた

そんな頑なになる私を見て日向さんは眉尻を下げた

「皆んな、詩ちゃんに会いたくて話したくて
戻ってきて欲しくて此処に来たんだよ。
それに……あの子のことは解決済だから大丈夫。
本人も深く反省してて、詩ちゃんと話したいみたいだよ?

絡まった糸を完全に解くには
あとは詩ちゃんと話さない事にはね。

詩ちゃんが幸せになる事を
詩ちゃん自身が自分に許してないのは
お父さんのことがあったからだよね?

だけど……僕は思うんだ。
幸せは誰の上にも平等にあるって。
詩ちゃんは誰よりも優しいから
自分よりも他人を気遣ってばかりでしょ?
自分の気持ちはいつも後回しにしてる。

でも詩ちゃんが幸せになる事が
皆んなの幸せに繋がるんだよ。
だから、自分が幸せになる事を恐れないで
一歩進んでみよう?
朱里、詩ちゃんの事大好きだよね?」

日向さんの言葉に大きなクリクリした瞳を

キラキラと輝かせてにこにこ笑う朱里ちゃん

「うんっ!!あかり、うたちゃんだいしゅき!!」

あぅ!!天使の微笑みだっ!!

「だよね。パパも詩ちゃん大好きなんだ。
じゃあ、詩ちゃんが幸せになる為に
朱里、お手伝いしてくれる?」

「おてちゅだい??」

頭の上にハテナマークを浮かべて

首を傾げる朱里ちゃんに

日向さんはニッコリ笑顔で頷いた

「そうだよ。
詩ちゃんをニコニコ笑顔にするには
朱里が必要なんだ。
ママの所まで詩ちゃんの手を握って
連れてってくれる?
それから詩ちゃんから離れずに傍に
居てあげてくれたら詩ちゃんは笑顔になれる!
朱里、出来るかな?」

朱里ちゃんの目線にしゃがみ込んで話す

日向さんに朱里ちゃんは笑顔で頷いた

「できゆっ!!
あかり、うたちゃんのおててはなさないもん!
じゅっとはなれたりちない!!」

小さな手が私の手をぎゅっと握りしめた

私は心が温かくなるのを感じて

この小さな応援団に小さく笑った

だけど本当にいいのかなぁ……

日向さんの言う通り、私は自分が幸せになる事を

怖いと感じてしまう

自分が幸せになる一方で、悲しむ人がいる事が

堪らなく苦しいし、怖いんだ

小さくて温かい朱里ちゃんの手を握りながら

私の心はグラグラと揺れている

自分の幸せと他人の幸せ……

どちらを優先するかと聞かれれば

私は迷わず後者を選ぶ

だけど、日向さんが放ったさっきの言葉

『私の幸せが皆んなの幸せに繋がる』

それが本当なんだとしたら

私は迷わず一歩進んでいいのかなぁ……

今までも沢山の幸せに包まれていたのに

これ以上幸せになんて、バチが当たりそうだよ

グラグラ揺れる心を察してなのかは

分からないけど、朱里ちゃんは眩しいほどの笑顔で

私を見上げていた

「うたちゃん!あかりがいりゅから
だいじょうぶなのっ!!
それとねぇ〜、うんとねぇ〜
わらうとなにかがくるんだよぉ〜!
ねぇ、パパ〜!」

笑うと何が来るの??

首を傾げる私に日向さんはニッコリ笑った

「そうだよ、朱里。
笑う門には福来たる、だよ。
笑うといい事があるんだよ。
だから、朱里はいつもニコニコするんだよね」

「うんっ!!」

ニコニコ笑顔の朱里ちゃんの頭を撫でる

日向さんはニッコリ笑って私に頷いた

笑う門には福来たる、か……

この小さな応援団である朱里ちゃんの力を借りて

私自身が幸せになる一歩を踏み出してみようかな

こんな小さな朱里ちゃんに頼らないと

前へ進めないなんて、私ったら情けないなぁ

心の中で自分を鼓舞して2人に笑顔で頷いた

そして、随分と使っていなかった手話で

日向さんへ向けて言葉を紡ぐ

≪日向さん、ありがとう。
まだ少し怖いけど、一歩進んでみるね≫

私の手話に日向さんも返してくれる

≪大丈夫だよ。
初めの一歩は怖いかもしれないけど
詩ちゃんは決して1人じゃないから。
朱里も居るしね≫

朱里ちゃんの頭上で交わされる手話による会話を

首を傾げながらジッと見つめる姿に

私と日向さんは2人で笑い合った

そして、私は朱里ちゃんに手を引かれながら

皆んなが待つリビングへと歩み進めた

リビングから漏れ聞こえる涼風さんと絵留さんの

声以外は聞こえてこない

日向さんによって開けられた扉の先に

皆んなの笑顔が見えた

その温かい笑顔は私に注がれていて

私の冷たくなっていた心がポッと温かくなった

朱里ちゃんに手を引かれながら

私はソファーに腰を掛けたけど

何とも気まずくて皆んなと目が合わせられない

そんな私の前にしゃがみ込んだのは

錬と奈留で……

「詩ちゃんっ!!さっきぶり〜!!
会いたくて会いたくて来ちゃった!!」

異様にテンション高めの奈留に笑顔を向けられて

私は小さく笑い返した

そんな私の頭に大きくてゴツゴツした手が

乗せられて、目線を上げると錬の温かな瞳が

私を見つめていた

「ウチのお姫さんには困らされるな!
変なところで思い切りがいいから
俺たちは毎回ヒヤヒヤもんだぜ〜。

けど…
そんな詩だからこそ俺たちは
傍に居て欲しいし守りたいと思うんだ。

守られることに罪悪感を持っちまうなら
詩も俺たちを守ってくれたらいい。
お互いに守りあう…
それが俺たちの、星竜の在り方でいいだろ?」

ニカッと白い歯を見せて笑いながら

大きくて温かい手で頭をぐちゃぐちゃにされて

鳥の巣みたいな髪型にされても

錬の優しい眼差しと言葉で私の視界は歪んだ

泣きたい時こそ笑えっ!詩!!

溢れ落ちそうな涙を瞬きで振り払って

引き攣りそうな唇を必死に動かして笑った

ありがとうを込めて……

そんな私の頭上に影が落ち、不思議に思って

振り向くと、冬が小さく微笑んで頭を撫でてくれた

普段から表情が豊かではない冬が

笑ってくれるだけで安心するのは何でかなぁ……

涙腺が緩むのを感じて下唇を噛み耐える私に

小さな手に力が込められた

「うたちゃん、いたいいたいのぉ?」

大きな瞳をうるうるさせて覗き込んでくる

朱里ちゃんに私は首を振った

心が温かくなる事で涙が出てしまうことを

小さな朱里ちゃんには、きっとまだ分からない

痛いから、怖いから涙が出るって思ってるんだね

私も小さい頃はそうだった気がする

だけど大きくなるにつれて分かった

嬉しくても涙が出るってこと……

いつか朱里ちゃんも、それが分かる時が来る

でも今は分からないだろうから

笑って安心させてあげなきゃね!

小さな手を握り返して朱里ちゃんを

ぎゅーっと抱きしめた

頭に頬づりすると朱里ちゃんが嬉しそうな声を

あげた

「きゃあ〜!うたちゃん、こしょばいよぉ〜!」

懲りずに私は頬づりし続けた

そんな私達を皆んなが優しく見ていた事は

知らなかった

思い切り朱里ちゃんといちゃいちゃした後

私は傍に居てくれる朱里ちゃんと錬、奈留と冬に

勇気を貰ってゆっくりと顔を上げた

あんな形で皆んなの元を離れたのに

向けられる眼差しは温かくて優しい……

私の気持ちだけの自己中心的な感情で

皆んなの、そして星竜のみんなに

背を向けてしまったのに…

どこまでも優しい皆んなに私は一体

何をしてしまったんだろう

まずは、ごめんなさいしなきゃだよね?

日向さんに頷き、私は手話で会話する

≪自分の気持ちを優先して
皆んなを困らせて、ごめんなさい≫

私の突然の手話に皆んなは目をまんまる

今までは筆談だったから驚くのも無理はないよね

「自分の気持ちを優先して
皆んなを困らせて、ごめんなさいって
詩ちゃんからの謝罪だよ。
僕と涼風、絵留で昔詩ちゃんに教えた
筆談以外で会話する方法で手話っていうんだ。
これからする話合いは僕が通訳しながらで
進めて行こう」

≪よろしくお願いします≫

笑顔で頷きながらお願いした私に

日向さんは任せてと笑ってくれた