詩side

涼風さんの言葉に奏が反応したのが見えた

涼風さんの胸に頭を寄せながら

奏に視線を送った瞬間、悲しみに染まる瞳と

目が合った

「姉さんの言う通りだね……
今の詩ちゃんは出会った頃のキラキラした
澄んだ瞳じゃなくなってる…
星竜皆んなを温かくしてくれた笑顔もない。

本来の詩ちゃんじゃなくなってる」

悲しみを浮かべた瞳と表情に心が痛みを覚えた

だけど、それは一瞬の事で

私はただじっと見つめていた

「詩ちゃんを傷付けたのは、穂花ね?
勿論、北斗もその1人だけど…
あの子は昔からそうだった。
自分さえ良ければ周りは関係ない。
自己中でワガママで甘えた子…
詩ちゃんの境遇と似ているようで全く違うわね。

穂花は助けを求めれば誰かが必ず助けてくれると
甘えて、頼ってばかりで自分自身を変えようと
しない。
そればかりか、それが当たり前だと思ってる。

だけど…詩ちゃんは違う。
穂花よりも酷い境遇で声を失っても
時間をかけて自分だけで変わろうと努力してた。
もちろん、私が出来る事はしてきたけど
それでも結局最後には自分自身で乗り越えたのよ…
たった1人でね…」

涼風さん……

私、1人で乗り越えたなんて思ってないよ?

園長先生や涼風さんが居てくれたから

また笑えるようになったし人を信じれるように

なったんだよ?

こんな私にも私を愛してくれる人がいるって

教えてくれた

優しくて温かい言葉とぬくもりを貰って

時には怒られたりもした

だけどそれが愛情からくるものだって

教えてくれた

だから、怖くても前に進もうと思えたし

感情を取り戻せたの



だけど……


今はもう分からくなってる

いつでも真っ直ぐに見つめてくれた瞳は

私に向けられてはいない

見つめ続けても交わされることがない視線

口から出てくるのは私の名前ではなくて

穂花さんの名前ばかり

そんな風に拒絶するみたいにされたら

もう何も届かないんだって思っちゃう

こんな時、声が出せたら

私の想いを伝えることができるのに……

でも出せたとしても北斗には届かないんでしょ?

この部屋に戻って来てから1度も

名前を呼ばれることも、目を合わせることも

してくれない

私みたいに話せないわけじゃないのに

出せる声があるのに

今何を思って考えているのかを

私をどう想っていてくれてるのかも

伝えてはくれない

それが北斗の答えなんだよね?

だったら私から終止符を打つよ

ポケットからメモを出して気持ちを綴る

涼風さんだけに見えるように目線に掲げた

≪涼風さんのおかげで笑顔も感情も
取り戻せたんだよ、ありがとう。
北斗から好きだって言われて嬉しいけど
北斗と同じ好きなのかが私には分からなかった。
あの頃は生きて行く事しか考えてなかったから。
でもね…
高校で女の子のお友達が出来て聞いてみたの。
そしたら、私が北斗を想う気持ちは恋だって
教えてくれたの!
だから、今日返事しようと思ってたの。
私も北斗が好きだよって……
だけど、私よりも穂花さんが大切なんだって
十分分かったから。
だからこの気持ちは無かった事にする。
私がこの気持ちを消してしまえば
みんな元通り元気になれる。
だから、この気持ちにサヨナラする。
だけどね…涼風さんにだけ
昔から私を見ていてくれた涼風さんにだけは
こんな私にも恋が出来たってことを
知っていて欲しい。
誰にもナイショだよ!≫

私の想いを読む涼風さんが今にも泣きそうで

申し訳なく思う

優しい人だからなぁ、涼風さん

読み終えた涼風さんは何も言わず

ただぎゅーっと、あの頃のように抱き締めて

肩を震わせていた

そんな涼風さんと私を黙って見てる皆んなに

今出来る精一杯の笑顔を見せた

姫になって少ししか経ってないから

星竜の皆んなには何も返す事が出来てないけど

私、姫を下りるね……

北斗が大切に想う穂花さんを皆んなで

守ってあげて欲しいな

短い間だったけど沢山の優しさをありがとう

声には出せないけど、伝わるかな?

私は皆んなに口を開いた

≪今までありがとう、サヨナラ≫

皆んなの目を見開く姿を視界に入れながら

涼風さんの袖を引っ張って

此処を出る意思を示した

私の瞳を見て本当にいいの?と問い掛けてくる

涼風さんに私は大きく1度頷いた

抱き締める手に力を込めた涼風さんは

そっと息を吐いて、私に笑顔で頷いた

「奏、穂花の手当ては私の知り合いに頼むわ。
今は詩ちゃんを守る方が大切だから。
詩ちゃんの意思を私が代わりに伝えるわ。


今日この場をもって……


星竜の姫を下ります」

涼風さんの凛とした声が響いた

次の瞬間……

皆んなの息を呑む音が聞こえてきた

そして声を荒げたのは北斗だった

「そんな事俺は許さなねぇぞ!
姫を下りるなんて!
詩は、何処へもやらねぇ!」

「北斗……あんた随分勝手ね?
だったら何故こういう事態が起きた時に
そう言わなかったの?
口を開けば穂花、穂花、穂花って!!
詩ちゃんを見ようともしなかったくせに!
どの口がそんな事言うのかしら。
泣かせた時点でアウトなのに
その後、あんたは詩ちゃんに何をしてあげた?
北斗以外のこの子達は、ただ1人
詩ちゃんだけを見て言葉を掛けてたけど
あんたからは1度も聞いてない。
詩ちゃんはね……
大好きだった人に傷付けられて
心も感情も声も失ったのよ。
信じてた人に傷付けられて高校生になる前まで
ずっと1人だったの。
それでも必死で生きてきたのよ……
やっと笑顔を取り戻せたのに!!
それを奪ったのは、北斗、あんたよ!
そんな奴が居るところに置いておける訳ないわ!
何が許さないよ!
私こそ、あんたを絶対に許さないから!
奏!
詩ちゃんは私の所に連れて帰るから。
知り合いの連絡先は後でメールするわね、じゃ!」

早口とマシンガントークで皆んなを黙らせた

涼風さんに支えられながら、私は倉庫を後にした

倉庫を後にした私を悲しそうに見つめる皆んなに

私はただじっと見つめて小さく手を振った

涼風さんの住む家には凄く懐かしい人が待っていて

すっごくビックリしちゃった!

私が心も声も閉ざしていたあの頃

涼風さんと一緒に優しく接してくれたお兄さん…

日向さんだ

でも、どうして此処に日向さんが?

首を傾げる私に素敵な事実が判明しました!

「詩ちゃん、私と日向は結婚したのよ〜!
そして、愛する娘もいるのよ!
朱里(あかり)〜!こっちにいらっしゃい!」

すると涼風さんの声に反応する可愛らしい女の子が

日向さんの後ろからピョコっと顔を出して

私を見るなり、トコトコと覚束ない足取りで

やって来て抱き着いてきた

な、な、な、な!?可愛すぎる〜!!

日向さんそっくりの大きくて垂れ目がちな瞳に

ピンク色の柔らかそうな頬っぺた

そして何より眩しいくらいの笑顔が

凄く温かい

「うたちゃんだぁ〜!」

ニコニコ笑顔でそう言った朱里ちゃんに

私も精一杯の笑顔でお返しだ

でも、どうして私の名前を?

私が日向さんに目を向けると

あの頃と変わらない穏やかな微笑みで教えてくれた

「詩ちゃんの事は本当の妹の様に思ってたから
あの頃撮った写真を朱里が生まれてから
ずっと見せて話を聞かせてたからね。
詩ちゃんは僕と涼風にとって家族も同然だから」

「そうよ〜!
詩ちゃんは私達にとって家族よ!
だから、朱里のお姉ちゃんってところね〜。
朱里〜、詩お姉ちゃん可愛いでしょう〜?
朱里のお姉ちゃんよ〜!」

「うんっ!あかりのおねいちゃん!
おめめがきれいねぇ〜!」

家族…

そんな素敵な輪の中に私も入れてくれてるなんて

凄く嬉しいよ…

この温かい家族の一員に私も入ってるんだ

私の目からポロポロと涙が零れ落ちた

顔を手で覆ってしゃがみ込んだ私の頭を

撫でる小さな温もりを感じて

ゆっくりと顔を上げた

「うたおねいちゃん、いたいいたいの?
あかりがよしよししてあげゆ〜!
あかりがまもってあげゆの!」

凄く温かい……

私はこの温もりが欲しかったのかもしれない

北斗に大丈夫だって…

守ってやるって、あの大きくて温かい手で

こうして欲しかったんだ

だけど、最後は目すら合わせて貰えなかった

じわじわと痛む胸を隠して

私は朱里ちゃんを抱きしめた