詩side

未だにピリピリした雰囲気の部屋は

ものすっごく居心地が悪い!!

私がいるから、皆んなを困らせてるのかな?

だとしたら悲しい…

私は孤児院に入るまで1人で居ることが当たり前で

慣れてたって言うと変だけど

1人で居る事も、暴力を振るわれるのも

パパから罵られる事も当然の事として

受け止めてきた

だから今更1人に戻ったとしても平気だと思う

だけど、穂花さんは北斗や奏を頼りに

ここまで来たのなら…

1人ぼっちには耐えられない女の子なのかもしれない

父子家庭って言ってたし…

1人で平気な私とそうじゃない穂花さん

誰を優先すべきかは明白だよね

私は私を優先して欲しくて此処に居る訳じゃない

ただ皆んなと居ることが幸せだから

声も出せない非力な私を姫として温かく迎え入れて

守ろうとしてくれる皆んなに少しでも

何か返したいって気持ちだけで此処に居る

だけど皆んな優しくて心の温かい人達だから

私と穂花さんの存在に今、困惑してると思う

皆んなの私への言葉に嘘はないって信じてる

声を失ってから、人との距離に悩んで

人間不信になった私の心を言葉や行動で

溶かしてくれたから…

それだけで私はすっごく嬉しい

それだけで私は救われた

だから今度はその優しく温かい心で

穂花さんを守ってあげて欲しい

その為には…

そこまで考えた時幹部室の扉が開かれた

扉の先に居たのは奏で、心なしか表情が固い

穂花さんと何かあったのかな?

私の視線に気付いた奏は優しく微笑んで

ソファーに腰を下ろした

「北斗、怪我の手当てに行ったけど
服の下は見せるのが恥ずかしいから
…詩ちゃんにして欲しいとか言い出したから
断って姉さんに連絡したから
もう少ししたら此処に来るよ。
とりあえず、それまでは総長室に居て貰うから。
それで良いよね?」

奏の言葉を聞いて北斗は頷いた

「奏の姉ちゃんって確か看護師だっけか?
ってか、詩に手当てして欲しいとか
何考えてんだ?
お前らの幼馴染を悪く言いたくはねぇけど
自分の思い通りに動かそうとしてるとこ…
俺は好きになれねぇ」

私を膝の間に座らせた錬は

後ろから腕を回して私の頭の上に顎を乗せ

不機嫌だ

奈留も同じ気持ちなのか大きく頷いて

頬を膨らませながらプリプリと怒ってる

「僕もそう思う!
っていうかさぁ〜、ひとつ気になってたんだけど…
そもそもあの子本当に暴力を振るわれたの?
暴力を振るわれたわりに元気な姿で
此処に来てたよね?
普通ならもっと表情に恐怖とか動揺を見せるはず
なのに、1ミリも感じなかったんだよね〜。
僕、あの子苦手!」

奈留の言うように、暴力を振るわれた後なのに

確かに元気いっぱいの登場ではあったけど…

でも寂しさや悲しさ、辛さの裏返しで

敢えて元気に振舞ってる可能性もあるしなぁ

そういう意味でいうなら私より穂花さんは

精神的に強いのかもしれない

私はあの日々を声と感情を無くすことで

自分を守ってたから…

私は知らず知らず、自嘲の笑みをこぼした

未だに声を出せない私は本当に弱いんだなって

痛感させられるよ

俯く私の頭に大きくて温かいぬくもりを感じ

そっと顔を上げると、冬が目元を緩めて

ポンポンしてくれた

何も話してないのにどうしてだろう

“分かってる、大丈夫”と言ってくれてる気がして

私は小さく微笑んだ

奈留の言葉に答えるように奏は重く言葉を発した

「僕も奈留と同じこと考えてたんだ。
幼馴染の事を悪くは考えたくないんだけど
昔と少し様子が違うし、姉さんに来てもらうって
話したら顔色変えてたから……
それに昔からの性格は変わらないね。
相変わらず自分中心に回ってると思ってるし
僕や北斗…いや、北斗を独り占めしようと
躍起になってるから」

奏の言葉を聞いて私の心はギシギシと軋んだ

やっぱり穂花さんは北斗が好きなんだ…

1番近くで見てきた奏が言うんだもん

きっと穂花さんは間違いなく好きなんだよね

北斗はどう思ってるんだろう?

幼馴染としての情で好きなのか

1人の女の子として好きなのか…

ソファーに腰掛けて腕を組んで一点を見つめる

北斗はどう思ってるんだろう?

これから、どうしたいと思ってる?

気付かずジッと見つめていた私の視線に気付いて

一瞬目が合ったのに、そっと逸らされた瞳が

私の心にヒビを入れた

ギシギシ、パリパリと心が音を立てて

北斗が発した言葉で

今度こそ確実に壊れた気がした

「確かに元気そうではあったけど
それが本当かなんて外から見るだけじゃ
分かんねぇよ。
お前らがどう思おうと俺は穂花が大事だし
信じたい…
とにかく俺が何とかする。
守ると約束したのは俺だ」

北斗は本当に優しい

だけど…

だけどね、今の言葉は胸が痛いよ

大事とか守るとか

私の事が本当に好きなら

私が居ない所で言って欲しかった

穂花さんを助けたい気持ちは私も同じ

親からの暴力が、どれだけの傷を作るか

私は怖いくらい知ってるから

だけど……

それでもね……

北斗が発した言葉や行動が

私にはとても辛いの

穂花さんが特別だと言ってるみたいで…

じゃあ私は北斗にとってどんな存在?

昨日の告白は1人の女の子に対しての言葉ではなく

星竜の姫としてってことかな?

だったら……

大事、守るっていうのなら

私が此処に居る意味ってあるのかな?

穂花さんを姫にして傍に置いておけばいい

私は要らないんじゃない?

やっぱり私には、何処にも居場所なんてなかった

誰にも愛される資格なんてなかった

私は家族を壊したんだもの……

私を庇って亡くなったママ

パパから大切な人を奪った私

そしてパパから注がれていた愛情という名の

感情を取り上げてしまった

そんな私が誰かに愛されたり大切にされるなんて

あってはいけない

私は1人が似合ってる

そっと目を閉じ、ゆっくりと目を開いた時

私の視界は灰色で染まって色を失っていた

「北斗、穂花は確かに大切な幼馴染だけど
それよりも大切な存在が目の前にいるのに
どうしてそんな事が言えるの?
1番に守るべき人は詩ちゃんだろ!
北斗が見つけて此処に連れてきて
傍に居て欲しいと願ったのに…
一体何がしたいの?
さっき傷付けて泣かせて……
そんな詩ちゃんの前で穂花を優先させるなんて
見損なったよ」

珍しく感情的になる奏を見て

驚くと同時に嬉しく思うなんて

私、おかしいのかもしれない

私の為に言葉を尽くしてくれて

穂花さんより私を優先するべきだと言ってくれて

嬉しいのに…どうしてだろう?

その言葉は北斗から聞きたかった

誰かじゃなくて、北斗から聞きたかった

そんな風に思う私は最低だね……

こんな私じゃ皆んなの傍に居るのは駄目だよね

私の為に言葉を尽くしてくれる皆んなの事を

嬉しいと思うと同時に

本当に信じていいのか分からなくなってる

まるで捨てられたあの時のように……

私にはキラキラした世界より

灰色に染まる世界がお似合いだ

うん……これが本来の私の世界だった

自分に言い聞かせてゆっくり瞼を閉じた時…

ーバァンッ!!

「ヤッホー!!おひさ〜!
お姉様がわざわざ来てやったわよ!
……って、何この重苦しい空気っ!!
しかも野郎ばっかでむさ苦しいわね。
ん?その可愛らしい子は?

……え?詩、ちゃん?」

いきなりハイテンションで入ってきた女の人は

私を見て動きを止めた

黒髪は長く、モデルさんみたいにスタイルがいい

色白で瞳も澄んでて綺麗だなぁ

というか、私の名前知ってる?

けど私にこんな綺麗な人、知り合いに居たかな?

ジッと見つめ続けていると女の人は

静かに涙を零した

どうしてそんな顔で私を見るのか分からないけど

いつだったか、昔にもこうして

綺麗な涙を流した人がいた気がする

そして凄く温かい気持ちになった事も…

「詩ちゃん……
私よ、覚えていない?涼風よ…
大きくなったのね……

だけど、どうしてまた光を失くしたの?」

涼風、さん?

昔からの知り合いだったかなぁ?

考える時間もないまま私は温かいぬくもりに

抱き締められていた

あ……

このぬくもり知ってる……

心を閉ざし続ける私に光をくれた人、涼風さんだ

暴力によって受けた傷を治療してくれて

毎日朝から晩まで傍に居てくれた優しい人

初めて抱き締め返したあの時のように

私はそっと涼風さんに抱きついた

この光景を見た奏から声が聞こえた

「姉さん、詩ちゃんを知ってるの?」

「知ってるも何も、詩ちゃんは
私の患者であり、可愛い可愛い妹みたいな子よ!
最後に会ったのは高校生になる前だけど
それまではほぼ毎日会ってたわ。
笑顔が可愛くて心根の優しいマリア様みたいな子…

なのに…

また光を失ってる……

どうして此処に居るの?
この子に何をしたのっ!!!」

そっと腕を緩めた涼風さんは私を守るように

抱き締め直して抱き上げソファーに腰掛けた

まるで子供を守る母親猫のように威嚇してる

びっくりしたけど、このぬくもりだけは

あの頃と変わらない……

抱き締められた私は昔のように涼風さんの胸に

顔を埋めて目を閉じた

「患者って……姉さんの病院に居たってこと?
怪我か病気だったの?」

奏の柔らかくて穏やかな声が震えてる

そんな奏を涼風さんは一蹴した

「だからそう言ったでしょうが!
ってか、私の質問に答えなさい!!
どうして此処に詩ちゃんが居るんだっての!」

相変わらずのマシンガントーク、懐かしい

っていうか涼風さんは奏のお姉さんだったんだ

2人共綺麗な顔立ちだけど性格は全く違うみたい

あっ、でもとっても優しい所はそっくりだ

「春に高校で出会って今は星竜の姫だよ。
北斗が見つけて此処に連れて来たんだ。
姉さんの言う通り、詩ちゃんはマリア様みたいな
慈悲深い優しさと強さを持った僕にとっても
星竜の皆んなにとっても大切な存在……」

「そう…北斗が見つけて此処に連れて来て
星竜にとって大切な存在なのは分かったわ。
だけど……
どうして詩ちゃんの瞳から光を感じないのかしら?
最後に会った時はキラキラした瞳をしてたのに…

あんた達、この子に何をしたの?

やっと笑顔を取り戻せてたのに…

詩ちゃんの瞳は出会った時と同じ、真っ黒よ。
私の可愛い妹をこんな風にしたのは誰!!」

地に響くような声で苦しげに吐き出した

涼風さんの言葉が部屋に響いた

「北斗が連れて来た、あの女が来てから
詩は笑わなくなった……」

静寂に包まれた部屋にポツリと言葉を呟いたのは冬

それに続くように錬や奈留も声を上げる

「北斗は詩に告白したんだよ。
なのに、昔からの合言葉とかなんだか知らねぇが
あの女に守るだの好きだの言って
詩を泣かせて傷付けたんだよ!」

「そうだよ〜!
泣かせて傷付けたくせに
詩ちゃんに声を掛けるどころか
あの子は俺が守るとか言ってんの〜。
自分で姫にしといて最低だね〜!」

北斗を非難する言葉を聞いた涼風さんは

怒りに震えながら北斗を睨んだ

「北斗、あんたまだ合言葉なんて
上辺だけのことしてんの?
小さい頃だけならまだしも…呆れるわ。
その場凌ぎの言葉でその場は助けられても
何の意味もないわよ。
根本的な解決にはならないわ。
守るだの好きだのなんて言葉は
この人だって人にだけ使う言葉であって
そうじゃない人に言ったって届かないわ。

本当に守るべきものが何なのか
何をおいても1番に大切ものはなにか
それすら分からない奴に詩ちゃんは任せられない…

でも…今更気付いても遅いかもね」