「言う通りにしてください」
「なぜだ…」
オルドは首を横に振り、彼女の言葉を拒絶した。
こんな弱々しい彼は見ていられないと思った。
「以前、私を生きる意味の1つで国民の1人だと仰ってくださいました」
紅葉を見に行った日。
生きる意味がわからないと言ったあのとき。
「今ここで問題を起こせばオルド様の立場が悪くなります。私1人と国を天秤にかければその重さは雲泥の差…ここは大人しく引き下がってください。確かにメイガス側の過失ですが、客観的に見ると怪我人を助けてくれた国に対してお礼どころか怒鳴りつけたフェールズ、という風に思われても仕方ありません」
目撃者がいるわけでもない。
でも、いくらでも事実は改ざんできてしまう。
物凄く勝手な考えだけど、自分のせいで彼の立場が悪くなるのは避けたい。
まだ精魂祭は始まったばかりだ。
「…だが」
「陛下」
そう呼ぶと、彼が酷く傷ついたような顔をしたかと思うと、ふいっと視線を外された。
「この場はお引き取りください」
ごめんなさい。
オルド様…
アゼル様も、きっと悪い人ではないんです。
ティエナは口には出さないがそんな願いを込めてわざと突き放すようなことを言った。
「話はついたな。渡してもらおうか」
ドアから近づいてきた彼に自ら手を伸ばすとオルドに掴まれた。
強く、固く…
でも、緩んで離された。
そのままベッドに降ろされたが、オルドは一切彼女を見なかった。
「…これ以上傷つけたら容赦しない」
「ああ、心得ている」
満足そうに頷くアゼルを見上げ、ドアノブに手をかけたその背中を見て呼びかけた。
「リリアナ様とギーヴさんに…私は元気だとお伝えください」
「…」
無言でドアを開けた彼。
返事はなかったけど、最後まで聞いてくれたからたぶん大丈夫だと思った。
「オルド!もう心配したん…」
開いたドアの向こうからケイディスの声が聞こえてきたものの、その姿を確認する前に閉じてしまい、ケイディスからも彼女の姿は見えていなかった。
これでよかったんだ。
ティエナはホッとした。
「君は賢いのかバカなのかわからない」
傷心に浸っている彼女の隣に座った彼にアゼルに顔を覗き込まれた。
「泣くぐらいなら連れて帰ってもらえばよかっただろう」
その言葉で気づいた。
ティエナは泣いていた。
頬を乱暴に手のひらで拭うと、彼が適当に着た服のポケットにたまたま入っていたハンカチを貸してくれた。
「なぜ拒絶した?私は君の言ったようなことはしない。彼に君を置いて行くように言ったのは、冷静に判断ができるか試したかっただけだ」
ああ、さっきの話か。
「彼は…オルド様は国王です。人の上に常に立っているお方です。そのようなお方の隣に私がいてはいけないのです」
「でも君は侍女だろう。侍女と言えばどこかのご令嬢がなるものだ」
「私は…ただの平民です、拾い子です。だから…」
だから、彼に迷惑をかけてはならない。
「平民?妖精に保護されなかったのか?」
「保護…?」
一体何の話だ。
「君が長い眠りから目覚めバレスが迎えに行ったとき、フェールズの妖精に邪魔されたと聞いた」
てっきり、保護され裕福な生活を送っていたのだと思っていた、とやはり淡々と彼は言った。
「は…?」
全く意味がわからない。
「君は3000年よりももっと昔に生まれ、長い間眠っていたのだ」