「ちょっと散歩しよう」


リリアナがいなくなってしばらく経ったとき、オルドはいきなりケイディスにそんなことを言われた。


「なぜだ」

「眠気覚ましだよ」


ケイディスは後ろに立つと椅子に座っていたオルドの脇に腕を突っ込んで持ち上げた。

こう見えて結構力がある。


「うたた寝してたじゃんさっき」

「一瞬だ」

「ほら、行こう」


背中をぐいぐいと押され無理やり書斎から追い出されてしまった。

そのまま中庭に出ると大きな空が広がっていた。

秋の空は風が心地いい。


「気分転換すれば頭もすっきりするよ」

「おまえが気分転換したいだけだろ」

「…まあね」


と、言葉を濁す弟をちらりと見た。

うとうととまどろんでいる最中に何やら変な空気になっていっていたのはわかっていた。

しかし口を出すわけにいかず黙っていたがいつの間にか意識を手放していたのだ。


「…どうかしたのか」


目の前には連なる山脈の頭が見え、ところどころで紅葉しているのが見える。

時間があったら見に行きたいと思った。


「…オルドは何も思わなかった?リリアナが勝手に専任の侍女を取っていたこと」

「ああ」

「僕は…ちょっともやっとしたんだ」


ケイディスが懸念する理由はわかる。

フェールズ王家には公開していない情報が多い。

俺たちの顔が大々的に広まっていないのもそのせいだ。

特に俺たちは…


「リリアナにだってまだ言っていないことがある。腹心の誰かを持つと裏切られたときに収拾がつかなくなるし、迷いが生じる…成人になるまでは、と思っていたけど隠しているのも時間の問題かもしれない」

「鳥かごからそろそろ出すべきだ、と?」

「本人は無意識に出たがってるんじゃないかと思って。守秘義務が守られる保障がないから僕らは使用人を雇わないけど、女の子はたいへんだよね」

「俺たちは俺たちで全てを担ってきた。だが、リリアナは1人でよく頑張っていたと思う」


わからないながらもリリアナの世話を2人でやっていた頃が懐かしい。

だいぶ遅れて生まれた女の子。

小さな女の子の世話を放棄し隠居した金目当ての母親を陛下は見逃した。

理由はわからない。

でもこうなる予想はついていた、とオルドは思っている。

正妃にも関わらず、第1王子の座を他の女に取られたあの人の気持ちを考えれば。


「リリアナはませてたね、そう言えば」

「6歳で着替えの手伝いも手を繋ぐのも拒否していったな」

「ショックだったよ。え、もう?って」


確かに、と頷いた。

それからは見守っていた。


陛下もリリアナが生まれてくるとは思っていなかったようで、完全に無視していた。

しかしだんだんとその女としての輝きを最近はもつようになり、陛下に似た容姿に周囲の目は変わっていった。

日を浴びることのなかったかごの中の鳥。

ついに外の世界と繋がろうとしている。


「僕たちのこと、リリアナはどう思ってるのかな…」


ケイディスがムチ、オルドがアメ。

分けよう、と決めたのはケイディスだった。

そのためか、リリアナはたまにケイディスを嫌いだと言う。


「ちょっと前から侍女を探してるのは知ってたけど、本当に決めるとは思ってなかったんだ。これって反抗期?」

「さあな…」


大概のことは1人でできる彼女が今さら侍女を欲したのは気まぐれか、はたまた本心か。

最初からポイ捨てしようと思って指名したのなら注意しなければならない。


「自分ができる人間だから、蝶よ花よと言われて育ったお嬢様も、腑抜けで使えない甘ちゃんも嫌いなのに、なぜティエナを即決で指名したのかな」

「最初は別の侍女を指名しようとしていたが、その侍女は辞めたそうだな」

「そう…でも僕、見ちゃったんだよね」


スーとティエナの履歴書。


「2人には共通点があったんだ」


共通点…?


「リリアナは恐らく、身の回りの世話をしてくれる人っていうよりも孤独を知っている人、共感してくれる人を欲していたみたいなんだ」


2人の共通点は家族関係にあった。


「リリアナが独自に身辺調査をしたことはわかってる」


どこでそんなやり方を覚えたんだか。


「それで?」


あまり聞いていて気持ちのいいものではなかったが続きを促した。


「2人とも…一般的な親の愛情を知らない」


なるほど、と思った。


「リリアナはもう1人の自分が欲しかったのか」


オルドが結論を言うと弟の青い瞳に影が差した。