イエローコリンを眺めながら進んでいると、危うく人にぶつかりそうになり慌てて立ち止まった。


「申し訳ありません!」

「あ、ああ…すまない。こちらも気づいていなかった」


と、言ったその男性。

しかしその手から大量の紙が滑り落ち大惨事になってしまった。


「申し訳ございません、お手伝いいたします」

「いや、俺の不注意だ」


と、片っ端から拾い集めていると、拾いながら文字に目を通す彼の目の下には隈があった。

黒い髪に闇色の目。

その闇色が濁ってみえた。


「お疲れですか?」

「ああ、まあな…」

「よろしければどうぞ」


と、小鉢の中にあったレモンの砂糖漬けを差し出した。

それを首をかしげて見る彼にハッとした。

こんな知らない人の食べ物なんて食べたくないよね…


「すみません。出しゃばりました…」


と、蓋を閉めようとすると彼が手袋を外し始めたため大量の書類をスッと彼の脇から引いた。

その様子をちらっと見て、右手の手袋を完全に外しレモンを1欠片摘まんだ。

どうやら素手で掴みたいけど書類が邪魔だという気持ちが一瞬優先して動きが遅れたらしい。

砂糖の付いた指先をペロッと舐めてから彼は手袋をはめティエナを見た。

その一連の動作が艶を帯びていてこちらが恥ずかしくなってきた。


「甘いな」

「リリアナ様が甘めの方がお好きだとおっしゃるので」


と、自分でもなんでこんな返答をしたのかわからなかった。


「なるほど。書類もすまない」


と、書類の束を受け取った彼は立ち去ろうとしたのに振り返ってきた。


「なぜ疲れているとレモンの砂糖漬けなんだ?」


と、興味深げな目をしていたため答えた。


「レモンは疲労回復作用がありますし、砂糖は脳のご飯になり思考が回るようになります」

「へえ…そうか」


糖分か、と呟いて今度こそ立ち去った彼はまた書類に目を通しながら歩き出した。

前方不注意で誰かにぶつかりそうにならなければいいのだが。


と、ワゴンを動かそうとするとまた誰かにぶつかりそうになった。

今度はフードを被った男。

怪しいやつ、と身構えたが先ほどの男性を追い声をかけていたため部外者ではないことはわかった。

誰だろう…

顔はわからないが若そうだと思った。


このときのことを夕食時にリリアナに言うとため息をつかれた。


「あなた、本当に運がいいんだか悪いんだか…」

「あの?」

「黒髪の男性がオルドお兄様で、フードの男はラファっていうあたしもよく知らないけど、お兄様たちと一緒にいる人」


…これはたまげた。


「明朝にケイドお兄様も帰ってくるから、明日また会うことになるわね」


誰に、と悶々と思いつつしっかりとイエローコリンをバルコニーに出して仕事を終えてから自室に戻った。

見上げると今日は月が近かった。

誰に、とあのときは思ったが今考えれば恐らく全員なのだろう、と思った。

明日のことを考えると無意識にため息が出た。

早々にベッドに潜り込み目を閉じた。

明日からはもっと早くに起きなければならない。