「…私がその契約を引き継げばいい」
ずっと黙ってオルドの頭を撫でていたティエナがふとそんなことを言った。
俺たちは驚いて彼女を一斉に見下ろす。
「契約を切って、お父さんに会いに行って、そのまま皆と帰ればいい」
オルドはさっきので疲れたのか、撫でられたまま眠ってしまっていた。
「それではあなた様が…」
「構わない。私は妖精界に戻るとか、そんなの興味ない。オルドとここにいたいだけ」
ぶっきらぼうな言い方だが、その撫でる手つきは優しい。
やっぱり容姿が変われど彼女は彼女なのだと確信する。
「引き継いで、羽を取ればいいのでしょう。そうすれば妖精は完全に人間界と決別できる」
「そ、それは…!」
ソーマが目を見開き叫んだが、その先を言うことはなかった。
代わりに言ったのはラファだった。
「いいの?もうイエローコリンは咲かなくなるよ」
「……大丈夫。大丈夫」
「妖精ではなくなった君はリトルムーンも作れなくなるんだよ」
「…大丈夫」
と、オルドの頭を胸に抱きながら何度も空言のように繰り返し大丈夫、と呟いた。
心なしか涙声になっている。
「羽化する前の元の人間に戻るけど、僕たちとは違って完全に妖精ではなくなるからもしかしたら今までの月日が体に現れて、枯れた死体になってしまうかもしれないよ」
「大、丈夫…」
ぽとり。
涙がオルドの頬に落ちた。
「もう皆と話せなくなるんだよ」
「…ひっく、うう…!!」
彼女の嗚咽が聞こえてきた。
そんな様子に俺も見ていられなくなって俯く。
それなら羽を取らなければいいのに、と俺は思っていたがたぶん全くお門違いな意見なのだろう。
ティエナは人間に戻りたがっているんだ。
長い寿命もいらない。
飛べる羽もいらない。
美しい容姿もいらない。
今までのままでよかったのに、と。
「泣かないで。オルドが痛そう」
「…あ」
ラファに言われて俺は思わず声を漏らしたが、気づけばオルドの顔の周りにある地面にシルバーダイヤの粒が散らばっていた。
涙は最初の数粒だけで、その後は全て鉱物となりオルドの顔に当たっては転がって地面に落ちている。
それを見て、彼女はやはり妖精になってしまったのだ、と改めて実感した。
「おーい!!!みんなー!!!」
そのとき頭上から声がして空を仰ぐと、星空でよく見えなかったが降下するにつれて距離が縮まり妖精たちとケイドが下りてくるのが見えた。
あのじいさんとメイガスの王女もいる。
「お兄様!」
そこへ城の奥から走って現れたリリアナもちょうど合流した。



