彼も考えていたんだ。
国王としての務めを。
国王という存在の意義を。
「国民にとってはいなくても大して変わらない存在なのかもしれない」
「そんなことは…」
「戴冠式で顔を出すぐらいで恩恵を感じられる機会は少ないはずなんだ」
確かに王子や王女の顔を知らなかったけど、それは公開していないからで大して気にしていない。
「俺がどこに行こうにも護衛が付きまとう。それは仕方ない。だが、それは普通ではない。もし俺の行く先で事故が起きれば必ず俺以外の誰かが処分を受ける。俺がいなければその処分は下されなかったかもしれないのに、だ」
そんな経験があったのか。
妙に力がこもっていた。
「俺だって1人のただの人間だ。過剰に反応する必要はない。何度思ったことか。なぜ俺は…」
そこで口をつぐんだが、わかってしまった。
なぜ俺は国王なのか、と。
「私はオルド様でよかったです」
と言ったが、誤解しないでほしい、と思った。
どうか誤解しないで、と強く思う。
俯いた視線の先にある膝の上で両手を握った。
「オルド様が勉強熱心な方だと知っています」
だって資料を見て歩いていた彼にワゴンぶつけそうになったし。
「他人想いで」
"国民、家族、友人…それらを天秤にかけたとき、やはり自身と比べ重みが違う。本来は天秤ではかることのできるものではないが、俺たちが掴みたい、離したくない、守りたい、と思う気持ちがそれらの重さとなる"
"俺は何があってもおまえを守るぞ"
以前、ケイディスにそう強く宣言していた。
"人は1人では生きられない。必ず誰かと出会い、話し、笑い、怒り、泣く。野生動物ほど強くはないが軟でもない、多くの関係を築き寄り添い生きていく不思議な生き物だ。その誰かが家族か、友人か、先人か…または別の生き物か、あるいは物かは人それぞれだ"
紅葉を見に行ったとき、そんなことも言っていた。
「いつも優しくて」
自分のことは後回し。
「苦しかった過去を乗り越えて」
暗い少年時代。
「こうして逞しく今を生きています」
もう自分でも何が言いたいのかわからなくなってきた。
「それに…オルド様でしょう?」
最近、スーから手紙が来た。
「道の整備が進んでいるのは」
宿を再建してお客さんが来るか心配だったけど、道の整備が進んで観光地に行きやすくなり馬車も使いやすくなったからか、いろんなところから来るお客さんが増えた、と書かれていた。
さらに、お兄さんも道が増えたおかげで買い出しがしやすくなったし、経営が起動に乗って自分の馬車を買うことができたらしい。
「商人向けの道が多くてそれ以外の人は細い道を使っていたのに、幅の広い道と公共の馬車が増えて移動しやすくなったと聞いています。オルド様の案ですよね」
「ああ…ギーヴは行動が目立つのを避けるためにヒッチハイクで普段移動していたんだが、どうにかならないか、と言われていた」
ティエナも事情があったとはいえ、フロウ地区から出るときに馬車を見つけるまで苦労したものだ。
「オルド様がしたことだと、ちゃんとみなさんわかっています。今までは気づかれなかったところにも気を配ってくれているんだと」
「それはあいつに言われたからで俺のしたことでは…」
「いいえ。言われてすぐにできるなんてなかなかできないことです。ギーヴさんだって個人的な意見は言わないと思いますから、きちんと聞いて回った結果を申告したはずですよ」
「随分とギーヴを持ち上げるな」
ふいに低くなった彼の声に違和感を覚えた。
そして右目が暗くなり、彼が手で私の前髪を一瞬持ち上げたことがわかった。
「…残ってしまったんだな」
このタイミングで傷痕のことを指摘されたことに驚き何も言えずにいると、目隠しをされ何か柔らかくて温かいものを押し当てられた。
それが彼の唇だと気付くまでそう時間はかからなかった。
隠されて見えないからか、想像力を駆り立てられて恥ずかしくなった。
なんで今。
なんで今…!



