そうして解散し、自室に戻りシャワーを浴びて寝る支度をしたけどなかなか寝付けずにいた。

久しぶりに変な男に絡まれたからか、忘れたつもりでいたのに生々しい感触がよみがえってきて胸がざわつき安眠の邪魔をする。

もう!と思い体を起こした。

窓の外には澄んだ綺麗な夜空が広がっていた。

それを見て誰かに見つかったら面倒だけど中庭に行きたくなった。

靴を履いてランプを持ち、上着を羽織って廊下に出る。

廊下に出ただけで寒く感じるから、中庭でちょっと空を見たらすぐに帰ろう。

そう思いながら中庭に出るとバルコニーのベンチに先客がいた。

オルドだった。

気づいたときには遅く、手に持つランプのせいで彼がこちらを向いた。

その目は驚きで見開かれ、じっと絡み合う視線に眩暈を覚えた。


「…何を突っ立っている。こちらに来ればいい」


ふいにそらされた視線に気が緩んだのか。

その言葉にハッとし思わず廊下から中庭に足を踏み入れてしまい後悔した。

なんでこのときすぐに引き返さなかったのか、と。


残る雪の上に足跡をくっきりと残しながらバルコニーに着くと、テーブルにランプを置いたがどこに座るか迷い座れずに立ち尽くしてしまった。

それに気づいた彼が頬杖をやめてそらしていた顔を彼女に向け、左腕を伸ばしてきた。


「ここに来ればいい」


その闇色の目はランプに淡く照らされ、どこか濡れて見えた。

その言葉に静かに頷き、肩に羽織っただけの上着を握り直して隣に腰をゆっくりと下ろした。

でも彼の腕は動かず、ティエナの左肩を捕らえるとグッと引き寄せた。

頭が彼の左肩に乗り、彼の頭もまた彼女の頭の上に重なる形となり、ふと見ると目の前にはお酒のボトルとグラスがあった。

それに左手を伸ばそうとすると大きくて熱い手に掴まれた。

動いたからか、額に彼の髪がサラリと落ちてきた。


「…パーティーではあまり飲めなかったからな」


お酒の匂いと共に熱い吐息が額にかかり、その近さに改めて気づき恥ずかしくなった。

何この体勢。

これじゃまるで…


掴まれた左手は彼女の膝の上に降ろされたが。

軽く握られたままで。

膝に彼のゴツゴツとした指の関節が当たっているのがわかり、短く息を吸い込んだ。

逃げればいいのに、と冷静に考える自分と、このままでいたい、と思う自分が混在していて、ティエナは結局動けずにいた。


「具合はどうだ?」


しばらく固まっていると、ふいに頭上からくぐもった声が聞こえてビクッとした。


「あ、えっと…大、丈夫です…」


最初は何を聞かれたのか理解できなかった。

酔ったことか。

パーティーのときに連れて行かれそうになったことか。

精魂祭で怪我をしたことか。

紅葉を見に行って崖から落ちたことか。

それとも、精神的なことか。

そうしてさかのぼると、オルドときちんと話さなくなってから随分時間が経った気がするな、と感じた。

だから、さっきみたいなありふれた答えしか思い浮かばなかった。


「そうか。悪いな、こんな時間に酔っ払いの相手したくないだろう」

「酔っているんですか?」

「ふっ…ああ、かなり、な」


楽しそうにクスッと笑った声を聞いて酔っているのは間違いない、と思った。

目の前にあるボトルのお酒はあまり減っていないように思うけど、もしかしたら強いお酒なのかもしれない。

それをストレートで飲んでいたらさすがに酔わずにはいられないだろう。


ゆったりとした彼の声が耳に心地よかった。


「まあ、迷惑だと言われたところで手放す気はないが」


後に続いた言葉に、んん?と思ったけど聞き流すことにした。

それにしても温かいなあ、と思った。

彼の体温が高いからか、冬の寒空だというのにあまり寒く感じなかった。


「今日は…いや、今まで、か」

「はい」

「悪かった」


反射的に返事をすると、急に謝罪の言葉が飛んできて困惑した。


「怪我をさせた。不安にさせた。1人にした…」

「それは…!」


それはあなたには関係ない、と言おうとしたのに。

今まで肩の上にあった手が腰に下りてきてゾクッとし言葉が続かなかった。

それと同時に膝の上にあった手が代わりに彼女の左肩を掴んで、さらに体温が密着した。

彼の体重が傾き少し重く感じたが、嫌ではなかった。


「模索の毎日だった。王とは何か、と」


核心をつく言葉に目をぎゅっと瞑った。