ヴァイオリンの先生はいつも授業の最初に1曲弾いて聞かせてくれる。
だいたいいつも10分ぐらいだ。
その後に俺らの楽器の調子を確認してからやっとスタートする。
この先生はじじい先生と違い、不規則に紅茶を飲むためタイミングを逃すまいと神経を張りつめた。
「わあ!やっぱり先生は上手だなあ!」
「ふふふっ。どうもありがとうございます」
「お兄ちゃんから聞いたんだけどお腹に赤ちゃんがいるって本当?」
「ええ」
「僕触ってもいい?」
「もちろんです」
すげえ。
その大胆過ぎる行為に唖然としているとオルドの視線に気が付いた。
ああそうか。
今のうちにティーカップを取り換えなければ。
「大きなお洋服着てるからわからなかったけど、先生のお腹大きくなってる!」
「はい。ここに新しい命がいるのですよ」
「お腹大きくなると痛い?」
「痛いときもありますが、すぐに許してしまいます」
「そうなの?」
ケイドもなかなか侮れない、と思いつつ用意したティーカップに無事に紅茶を入れ終わると、オルドの持つ先生のティーカップと交換した。
目くばせをして頷く。
俺は受け取ったカップを見えないところに隠した。
「先生。休みながらで結構ですので紅茶を飲みながらゆっくり授業を進めましょう。リラックスできるように今回はハーブティーにしていただきました」
すげえ。
じじい先生は平気だったが、どうしても睡眠薬の匂いが隠せず困っていたのにやつはすんなりと最もらしい嘘をついた。
すげえというよりも、マジで怖え…
「あらまあ、ありがとう。私、ハーブティー大好きなのよ。でも最近は鼻が敏感で匂いのあるものが苦手になってきていて困っているのです」
予想していなかった飲めないフラグが立ってしまい俺は内心焦った。
飲んでくれ…!
「でも安心してちょうだい。こうやって鼻を摘まんでいれば飲めなくもありませんから」
と、言った通り自身の鼻を摘まんで紅茶を喉に流し込んだ。
むせないだろうか、と心配したがその方法に慣れているのかそんなことにならず、器用にティーカップから紅茶を飲んでいた。
…先生、なんかごめん。
先に謝っとく。
美人なのにお茶目な一面を知って今さらながらに罪悪感が芽生えた。
「さて。レッスンを始めましょう」
あと10分でここを出なければ時間が厳しいところまで来ていた。
その間に睡魔が襲ってくることを祈る。
そして7分後。
「ちょっとごめんなさい…立ち眩みが…」
ああ、もう本当にごめんなさいといった感じだった。
脱力する先生を3人で抱えて椅子に座らせた。
「先生無理しないで。ちょっと目を瞑っていれば良くなるよ!」
「申し訳ありま、せん…」
と、先生はスッと目を閉じて眠りについた。
完全に眠ったのを確認してから2人と目を合わせる。
「よし、行くぞ」
俺を先頭にして防音室から抜け出し、人通りの少ない廊下を選んで進み中庭に出た。
そして俺が先に植えてある茂みの奥にある壁の隙間から抜け出す。
ケイド、最後にオルドが小さい体をそこに通し城の外に出た。
「よっしゃ…!」
俺はガッツポーズをした。
「よくこんな抜け穴を知っていたな」
「ああ、それな。以前野良猫が忍び込んできたときに尾行したら見つけたんだ」
オルドに聞かれそう答えると、やれやれといった感じにため息をつかれた。
「まあいいじゃねえか。とりあえず行こうぜ!」
そうして俺ら3人はお金を払い、14時の部のサーカスを見ることができた。



