そして次の日。

オルドがじじい先生に話しかけて気を引いてる隙に、飲みかけのティーカップと睡眠薬入りのティーカップを交換した。

このティーカップも同じ柄のものにしなければ意味がない。

そこで、俺は給湯室に直前に忍び込み、わざと同じ柄のティーカップを手前に陳列してそのうちの1つを盗んだ。

飲みかけのティーカップに薬を入れることも考えたが、冷めた紅茶では温度が足りず溶け切らなかったためやむなくこの方法にした。

冷めていない紅茶をどう手に入れたかというと、いちいち授業中に侍女を呼ぶのが面倒なため初めからティーポッドが用意されており、その紅茶をバレずに注ぐ。


しかし、若干耳の遠いじじいになら通用しても、まだ若いヴァイオリンの先生にもこの方法で通用するかは未知数だった。

なるべく水音を立てずに紅茶を注ぐのはなかなか骨が折れる。


「何分経った?」

「45分」

「あと半分か」


粉々にして4分の1にした睡眠薬の持続時間を計りつつ、俺はいかにして水音を立てずに紅茶を注げるかの練習をしていた。

ケイドは俺らのこの黙々とこなす空気に戸惑っているようだった。


無理もない。

今、俺らは確実に悪いことをしている。


「死んでないよね…」

「ああ。眠っているだけだ」


心配するケイドをなだめる様にオルドがゆっくりと答えた。

そんなオルドに俺も声をかけた。


「起きそうになったら言ってくれ」

「わかっている」


そして眠ってから1時間半後。

じじいは起きなかった。


「まあ誤差はあるさ。あと20分経っても起きなかったら叩き起こそう」

「そうだな」


歴史の時間が終わる前にはなんとしてでも起こさなければいけない。


さらに10分後。

じじいはやっと起きた。


「むっ…眠ってしまっていましたかの」

「はい。よくお眠りのようでしたので起こしませんでしたがお疲れですか?」

「最近は年のせいかいつも眠いのでございます」

「それはたいへんですね」


オルドが対応し、この日の実験は終わった。


「1時間40分か…なかなか上出来じゃねえか」


じじい先生が帰った後にしめしめと1人頷いた。


「量を減らすか?」

「そうだな。あと薬包紙1枚分減らそう」


その分量で試すと、今度は1時間で起きてしまった。


「また眠ってしまいましたか…誠に申し訳ございませぬ」

「まだお疲れですか?」

「と思いましてね、昨夜はたっぷりと睡眠時間を設けたのですよ」


ああ、と俺は落胆した。

そんな、人の体力で効果が左右されるなんて。


そしてまた、じじいが帰ってから作戦会議をする。


「やっぱ、最初の分量でいこうと思うけどいいか?」

「まあ、妥当だろう」


本番は明日。

チャンスは1度きり。


「僕、ドキドキしてきちゃった」

「ちゃんと寝るんだぞ」

「うん!」


俺が釘をさすと満面の笑みでケイドは返事した。

なんだかんだこいつも楽しみなのだと思った。


「失敗したら全ての責任は俺が取る」


急に真顔でオルドが言い出すからすぐに止めた。


「何言ってんだ。俺がそそのかしたことにすりゃいいんだ。おまえらには迷惑かけねえよ」

「そんなこと言っていられなくなると思うぞ」

「いいんだ。俺のせいにしとけ。ただでさえおまえは…」

「俺だからこそ大丈夫なんだ。いざとなれば山小屋に身を隠すさ」


その自己犠牲の精神にため息をついた。

なんだってこいつはこうも自分をいじめたがる?


「…それについてはそのときになったら決めよう」


それで作戦会議はお開きになり、ついにとうとうヴァイオリンの時間になってしまった。