「わかったよ。じじいには何もしねえ」

「うん…」

「オルドは嫌いな教師いねえのか?」

「なぜ嫌いな教師なんだ」

「だってその方がやりやすいだろ」


けろっとそんなことを言うとオルドは少し考える仕草をした後、思いついたのか俺を見た。


「ヴァイオリンの先生はどうだ」

「は?あの美女先生が嫌いなのか?」

「違う。あの先生からこの仕事を辞めたいと思っていると以前言われたことがある」

「いつ?」

「前回」


なんか話してんな、とは思ってたけどまさかそんな話をしていたとは。

なかなか7歳にして侮れない男だと思った。


「妊娠しているらしい」

「そうなの?」


ケイドがきらきらとした目でオルドを見た。

オルドはそんな弟に頷いてみせる。


「そのうち体調が悪くなり授業どころではなくなるから早めに辞めたいと思っているが、なかなか代役が見つからないそうだ」


それもそうだろう、と俺も頷く。

王子の家庭教師なんて万が一を考えれば例え給料がよくても手が出しづらい。

自分が教えて下手だと言われれば首が吹っ飛ぶのは避けられないだろう。


「妊婦に薬を盛るのは気乗りしないけどな」


俺がそう言うとオルドに変な目で見られた。


「何をえこひいきしている。じいさん先生には容赦しないような口ぶりだったぞ」

「猫みたいに1日の大半は寝てんじゃねえかと思ってな。それなら少しうつらうつらしてても怪しまれねえだろ」

「おまえの基準がわからない」

「そうか?俺もおまえの基準わかんねえけど」


その話は置いておき、作戦を実行するのは3日後のヴァイオリンの時間になった。

ヴァイオリンの稽古は13時から15時半まで。

15時半から16時までは休憩でおやつの時間だが、14時の部になんとか滑り込めれば15時半までに戻ることは可能だ。

授業の開始30分程度で眠らせ、それから城を抜け出し戻って来る。

その戻って来るときも見つからずにまた教室に戻り、先生が起きるのを待つ。

幸い、ヴァイオリンの教室は防音室だし王宮の隅にあるため異変が起きても外からはわかりづらい。

先生には悪いが、少しの間眠ってもらおう。

しかし、まずは実験する必要があった。


「やっぱじじいだな」


被験者は歴史のじじい先生。

性別や体格が違うが、1時間半ほどで目覚める量を調節してヴァイオリンの先生に与える必要があるため、本当はもっと試験したかったものの回数に限りがあり仕方なかった。

歴史の授業は明日と明後日にあり、試せるのは2回のみ。


俺は話し合った直後に医務室に潜り込み、睡眠薬を手に入れた。

薬ビンごと盗むわけにはいかず、ラベルの効能をメモして3錠だけ盗りそそくさと退散した。


成人1錠で効果は6時間。

つまり、4分の1の分量に調整して与えればいいということになる。

しかし俺たちが戻る前に起きたり、時間になっても起きないようだと大問題だ。

万が一のことを考え解雇されてもいい人にしたが、それは俺らの脱走がバレることも意味する。


とにかく慎重にやらなければ。