「彼、結構顔が広かったみたいで、いろんな人に頭下げて来たから今日からここにいていいんだぞって笑ったのよ。そのせいで…今も出世できないでいる。いろいろなものを犠牲にしたから」


聞いてる途中でため息が出そうになった。

鼻の奥が痛い。


「こんな私と結婚したところで私から彼に何かをあげられるとは思えない。彼からずっともらいっ放しで…返しきれないほどもらってきて、これからどれだけ返していけばいいの…?」


だからあのとき弱い、と言ったのか。

自分にできることが見えていないから。


「あの人が眩しすぎて…強すぎて私なんかが一緒にいたってもったいないのよ…!」

「そうでしょうか」


人の価値なんてあるようでないものだ。

目に見えないものにすがっても意味はない。


「逃げているだけですよね、それ」

「そうよ、私は彼から逃げたいの…本当はここで今働いてるのも辛いぐらい」

「でも笑顔を向けてくれました、私に」

「それは当たり前じゃない。新しい環境に戸惑うのは私も経験があるから」

「スーさんの笑顔は太陽みたいでした。私はいつまでも見ていたいし、笑顔にさせたいと思いました」

「…やめてよ、そんなのないわ」


ティエナが引き出しから取り出した1通の手紙を差し出すと、それを見らスーは首を振る。


「スー・ラングへ…彼からの手紙です」


実は馬車の中でもし会えたら渡してほしいと言われていた物だった。

彼の見慣れた文字を見て彼女はイヤイヤと涙を流した。


「あなたは1つ嘘をつきました。彼からの手紙、実は受け取っていますよね?何通も来ているはずです。それなのに捨てているか読まずにいるか…返事を出していない」

「だって…」


こんな可愛くない女から早く離れて、幸せになってほしい。

後ろ向きの考えしかできない偏屈なんてさっさと見捨てて誰かいい人を見つけてほしい。

だって、これ以上…

これ以上、彼から何を奪うかわからない。

あれから彼は一度も帰っていない。

あまり休まず働き続けている。

なのにずっと下っ端で。

自分に関わったばかりに彼は生きづらくなっていく…!


「私はその手紙の中身を知りません。ですが、早めに読んだ方がいいです」

「え?」

「今まで黙っていてすみません。実は…」


彼の宿は全焼した。

そこには4人の遺体…

彼らの両親が同時に亡くなってしまったのだ。