「虹、カバって汗が赤いんだよ。知ってた?」
「知ってるよ。色々スマホで動画とか見たし」
「変なの、あんまり好きじゃないって言ってたくせに」
「…嫌味言わないでよ。今は好きになったの」
「そーなんだ。じゃあ、キリンは?今も好きなの、虹」
カバの前で、キリンの話なんて、カバがヤキモチやきそうだけど。
そのワードに、記憶力が私よりも何倍もいいらしい千尋にはきっと色々とばれていて、それを今引き出してきたんだってことがなんとなく分かったから、気まずくて返事はしなかった。
千歳くんが、キリンが好きだったんだ。
首が長くて、睫毛も長くてばさばさしていて、黄色に茶色の模様がついてるのが好きだって言っていた。
それは、私もよく覚えている。
だけど、私はどうにもキリンが怖くて苦手だった。
千歳くんが好きだと言っていた首の長さが逆に苦手で,今にも私のいる方にその長い首を近づけてくるんじゃないかってびくびくしながら、千歳くんの隣で頑張って笑顔をつくりながらキリンを見ていた。
千歳くんが好きなものは全部好きになりたくて必死だったから。千歳くんに、「虹も、キリン大好きだよ」なんて馬鹿みたいな嘘をついて。
それをきっと、千尋は少し離れたところで見ていたんだろう。
今も正直あんまり好きじゃない。
私にとっては、虫を怖がったり雷を怖がったりするのと同じ感覚で、キリンは苦手だ。
高校生にもなって格好悪いけれど、人は誰しも苦手なものがあるし、仕方のないことだと思う。
泳ぎだしたカバをぼんやりと見つめる。
千歳くんには自分の好きなものを知ってほしいというより、千歳くんの好きなものを全部好きになりたい、なんてそういうベクトルに恋があったのかもしれない。
だけど、千尋に対しては別で、苦手なものは苦手だと、ちょっとひととそれたものでも好きなものは好きだと言うことができる。
やっぱり恋にもたくさんのベクトルがあるんだ、と思った。
それで、私は今、手を繋いで隣にいるこの人への恋を大切にしたいんだ、とも強弱の分からない不安定な程度で思った。



