第八話 歩み寄る不穏 (side:結城紫音)

「ただいまー」

カードキーをスライドさせ、ドアをガチャリと開けると奥からパタパタと駆けてくる音がする

「おかえりなさい、しーくん」

笑顔で出迎えたのはエプロン姿の日和だった

高校を卒業した後、日和と同棲を始めた紫音

..いまだに少し慣れなくて、照れくさくなってしまう

「あ、そうそう。
今日のお菓子はどうだった?!形にも凝ってみたんだけど..」

日和は紫音の荷物を受け取って、洗面所に向かう紫音の背中に問いかける

「あぁ..みんなすげー喜んでた」

「そっかぁ!良かった〜!!」

日和は嬉しそうに受け取った荷物を抱きしめる

「..彼女、どうだった?」

霧島寧々という少女のことが、日和も気になっていた

「まあ取り敢えず、座って話そう」

紫音と日和はリビングへと向かい、テレビの前のソファに並んで座った

「....」

紫音は、今日あったことを順に日和に話した

霧島寧々の過去、

三年前のあの頃のこと、

日和の作ったタルトが好評だったこと..

話し終えると、先程の紫音のように日和も何かを考えるようにうーんと唸る

「..お前も、何か引っかかるか」

「うん。..時期もほとんど変わらないし、早瀬が言ったことも、あながちはずれではない気がするの」



霧島寧々と、日南川寧々が同一人物説



これは悠仁も感じていたらしいが..敢えて今まで口には出して来なかったらしい

..

いや、出さなかったんじゃなくて...


出せなかったんじゃ、ないだろうか。

「寧々が居なくなったのも三年前で、霧島さんが記憶を失くしたのも三年前..
それに、誠人さんと連絡が取れなくなったのも、寧々がいなくなったあの日..」

霧島さんがお兄さんを、家族を亡くした頃に誠人さんとも連絡が一切取れなくなっている

「..一度、亜門先輩の所に行ってみようと思うんだ」

紫音がフー..と大きく息をついてから

「..亜門先輩、何か隠してる気がするんだ」

紫音はテレビ横の棚の上にある、立てかけられた写真立てに視線を移す

「..亜門先輩、昔からどこか読めないところがあった気がする」

日和はその写真立てを手に取ると、再び紫音の隣に腰掛ける

「..寧々、会いたいよ...」

目に涙を浮かべて写真立てを抱きしめる日和

「....」

写真には、卒業式に桜の木の下で笑うみんながいた

前列には紫音と日和が肩を組み、後列には寧々を挟んで悠仁と陸が満面の笑顔で笑っていた

「..いつかまた、会えるよね?」

日和が紫音の肩にもたれ掛かると、紫音は黙って日和の頭を自分の方へと引き寄せた


..

翌日、紫音は大学の屋上に来ていた

「..お前から呼び出しがあるなんて、珍しいな」

「お久しぶりです。..亜門先輩」

先に来ていた亜門が笑顔で振り返る

「まあそこ、座わんな〜」

いくつかパラソルが開いている中の、空色のパラソルの下にある椅子に二人は座った

「結城はコーヒー飲めたっけ?」

「はい。ブラックでお願いします」

亜門がウエイトレスを呼ぶと、慣れたように注文をする

「..いやぁ、うちの大学も金かけるよなぁ」

「そうですね..機材や実習に使う道具も充実してますし、学ぶ上ではいい環境だと思います」

今日は昨日に比べて蒸し暑く、紫音はポケットからハンカチを取り出して額を拭いた

「..彼女とはどうだ、まだ続いてんの?」

亜門がからかうように言う

「..おかげさまで」

紫音は涼しい顔で答える

「お前も相変わらずで安心したわ。
..それで、俺を呼び出した用件は?」

先程までとは打って変わり、亜門は声を低くする

「..誠人さんのことです」

「..誠人?」

ピクッと眉を上げる亜門

「..三年前の卒業式翌日から、日南川寧々同様に連絡が取れていないんです」

「..誠人、ね」

亜門は遠くで自分を呼んだ後輩女子に答えるように笑顔で手を振る

「生きてるよ、今も」

何でもないというように、さらっと亜門は口にした

「..“生きてる”?
確かあの頃、入院してたとかなんとか...」

そうだ

寧々の行方が分からなくなった時、真っ先に俺たちが頼ろうとしたのは誠人さんだった

だけど全然連絡がつかなくて、亜門先輩に言ったら今は事故して入院してるとかなんとか..

「..じゃあ、いま会いたいと言えば会えるんですか?」

紫音が真っ直ぐに亜門を見据え、口にする

「....」

亜門は答えない

「..それとも何か、会わせちゃいけないような事情でもあるんです?」

紫音がさらに追い討ちをかけると、亜門はきょとんとし、そして吹き出した

「あっははははは!!おっまえ..そんな怖い顔すんなって」

笑いながらバシバシと紫音の背中を叩く亜門

「はぁー..笑った笑った。
えっと?誠人会いたいんだな?」

笑い涙を人差し指で拭いながら、亜門はスマホを取り出す

「..はい」

「分かったわかった。..結城は明日暇か?」

「明日ー..はい、大丈夫です」

「よし。なら明日十時、俺の部室に来い

..誠人に会わせてやるよ」

最後の言葉は、涼しい顔で話していた紫音をゾクッとさせた


..無理もない。

今まで聞いたこともないような声で、不敵に笑う亜門が恐ろしく感じてしまったのだった

「..なあに、身構えることは無えよ。
あいつも、お前の顔見たら喜ぶだろううよ」

そう言うと、またいつもの声に戻って亜門は優しく笑う

「..あの、」

「ん?」

「..悠仁や陸も連れてきて良いですか。
ずっと...会いたがってたので」

「....」

悠仁の名前を出した時、亜門が少しだけ眉を動かしたのを紫音は見逃さなかった

「..あいつが会いたいのは、妹のほうじゃねーの?」

笑顔を崩さず亜門がいう

「..否定はしません」

現に、最終目的は寧々のことだ

悠仁がずっと追いかけているのも、寧々のことだったから。

「..まあ連れて来いよ。
あいつ、びっくりするだろうなぁ」

ケラケラと笑いながら亜門が言う

「..お待たせしました、ブラックコーヒーとアイスコーヒーです」

丁度話が切れかけたところで注文していたコーヒーがきた

「あぁ、飯島。こいつ、覚えてるか」

「....あれ、もしかして結城くん?!」

飯島と呼ばれたウエイトレスの顔を見ると、紫音も見覚えがあった

「あはは!コイツ、いま夏休みだからここで引き抜かれてバイトしてんの」

「そ、そうだったんですね」

思わぬ再会に驚く紫音

..確か、日和がいたバレー部のキャプテンしてた人だよな

目線を軽く逸らしつつ、コーヒーに口をつける紫音

「結城くんといえば..あ!日和は元気?!」

しまった..と紫音は苦笑いする

「日和ちゃんはうちの大学じゃないよな?いま何してんの??」

亜門もそれに乗り、楽しそうに紫音に詰め寄る

「えーっと..今は駅前のケーキ屋でパティシエしてます」

「えー!!日和、パティシエしてるの?!すごいすごい!!」

手を叩いて驚く飯島先輩

「まだ結婚はしてないんだろ?」

「けっ..?!!」

紫音は顔を真っ赤にして椅子の背もたれによろめく

「くくくっ..おっまえ、ほんとに相変わらずなんだな」

亜門が堪え切れないと笑い出す

「..でも、幸せそうで良かったわ」

飯島先輩は優しい笑顔を紫音に向ける

「今度、そのお店に遊びに行くわね!」

とびきりの笑顔を残して、先輩は仕事に戻った

「....」

先輩が去った方を、亜門はじっと見つめる

「..先輩、飯島先輩とはあれからどうなんすか」

「..っ、?!!」

明らかに動揺した先輩はコーヒーが気管に入ったのか、激しくむせこむ

「..おっまえ、覚えてろよ」

変わらない亜門を見て..

紫音もまた、小さく笑った