第七話 あの日を探して

「おーい悠仁〜!!」

「お。やっと来たな」

悠仁と寧々がしばらく窓の外の景色を眺めていると、教室のドアがガラガラと開かれる

「うーわ懐かしいっ!!
この教室変わんねーなぁ!!」

「全くだな。..あ、お邪魔します」

入って来たのは陸と紫音だった

陸は変わらない教室を懐かしい懐かしいと言いながらキョロキョロしていたが、紫音に挨拶が先だバカと言われて頭をぐい、と下げられる

「いてててて..っあ、君が霧島さん?
俺は早瀬陸!悠仁と同じ、医学部でっす!」

「バカが失礼したな。
俺は結城紫音、同じく医学部だ」

満面の笑顔でピースする陸と軽く会釈をする紫音

「ばっ..バカってなんだよバカって!!
俺だって一応医学部なんだぞ?!!」

「一応って。..バカなの自覚してんじゃねーか」

紫音が楽しそうにくすくす笑うと、寧々もつられてくすくすと笑いだす

「..悠仁のお友達は賑やかね」

「..うるさいやつばっかりでごめんな」

あはは..と悠仁は目を逸らす

「そういえば..霧島さんは、うちの大学のどの学部なの?」

俺の隣の席に陸が座り、その前に紫音が座る

「私?..私は文学部。みんな三人とも医学部なんて..すごいのね」

寧々がニコッと笑う

「陸なんかほんとギリギリの滑り込みだったけどなー。
俺たちも自分の受験勉強があるってのに、教えてくれ教えてくれ〜って泣きついてきやがって」

紫音がジロリと陸を見る

慌てた陸は苦笑いしながら取り繕う

「ま、まあでもさ?!
紫音も悠仁も俺に勉強教えながらだったから、その分復習したりになっただろ?な?!!」

「..ふはっ、ものは言い様だな」

悠仁が笑うと、紫音も全くだと笑った

..

「..にしてもさ、ほんとに見れば見るほど霧島さんって日南川に似てるよなぁ」

しばらく談笑していたが話題が途切れ、陸が切り出した

「..じんが探してるっていう...寧々ちゃんに?」

「おい、陸...!」

悠仁がずっと言いたくても言えなかったことを陸はさらりと口にした

「え、だって思わねえ?

俺たちが日南川を最後に見たのは中学の卒業式だったけど..今の霧島みたいにメイクしたら、こんな感じなんだろうなーって」

「まあ、確かに..言われてみればそうだな」

紫音も珍しく陸の言葉に頷く

「私が、寧々ちゃんに..?」

今まで悠仁からは、そんな事言われなかったはず...

いやでも確か大学でぶつかったとき、私と寧々ちゃんを見間違えたんだっけ..

「悠仁から話は聞いているが..霧島さん、君は三年前より以前の記憶が無いと聞いた」

「うん、そう..」

紫音の言葉に寧々は頷く

「..日南川が俺たちの前から姿を消したのも、三年前なんだ」

「三年、前..」

どこか引っかかると紫音は腕を組む

「..この街に、見覚えは無かったか?」

悠仁の心臓が、ドクンと跳ねる

「この、街..」

寧々は先程まで見ていた窓の外の景色を見て、覚えがないと首を横に振る

「私..この春こっちに引っ越して来たばかりなの。それまではずっと、隣の県にいたから...」

「転勤か何かか?」

紫音が尋ねると、寧々は首を横に振る

「私が礼央くんと同じ今の大学に入るってなった時、丁度いいから近くに引っ越そうってなって。
それから四人で越してきたの」

「あー!そうか、お前礼央先輩の妹ちゃんなんだっけ!」

陸が声を上げて言うと、寧々は笑いながら違う違うと手を振る

「礼央くんは私の従兄弟。本当のお兄ちゃんじゃないわ」

「そっかー..じゃあ、霧島は一人っ子か?」

こいつ..何処までも掘り下げてくるなぁ

悠仁がそろそろかと口を開く

「陸、あんまりそういう話はー..」

すると言いかけた悠仁を遮り、寧々は小さく笑った

「私の本当の家族はね、三年前の事故でみんな亡くなったの」

「「ーーっ、!!!」」

陸だけでなく、紫音も目を丸くして驚いた

寧々は、ゆっくりと悠仁に話した内容を二人にも話した

終始陸は申し訳なさそうな顔をしていたり、お前も辛かったんだなぁと泣き出したり。

紫音は紫音で話す寧々を見て、何かを考えているようだった

「お兄ちゃんは..生きていたら、礼央くんと同級生だったって、聞いてる」

もう顔も何もかも、思い出せないけれど、と..


一通り寧々話し終えると、紫音が静かに口を開いた

「..初め悠仁から君のことを聞いた時、そんな話があるかのと...申し訳ないが、君の記憶喪失を疑っていた」

けど..

「実際に会って、分かった。

君が今話してくれた事を、俺は信じることにする
どうも嘘をついているとは思えない」

紫音がそう言うと、陸はもぱああっと笑顔になる

「俺も俺も!!だから、お前の記憶が戻るように!俺たちも協力する!!」

「結城くん、早瀬くん..」

寧々の胸に、熱いものが込み上げてくるのを感じた

「..じゃあまず、状況整理から」

そう言って紫音はノートを取り出し、これまでの状況を書き出す

「俺たちの知る日南川寧々が行方をくらませたのが、三年前の卒業式の翌日

..俺たちが最後に日南川に会ったのは卒業式の日だ」

ノートにスラスラと紫音は書き出す

「そして霧島さんが初めて目を覚ましたのも、三年前..
記憶を失くした原因は交通事故、その際に家族を失って、従兄弟の礼央先輩の家に引き取られる」

「うん、合ってる」

寧々は頷き、膝の上の拳をギュッと握る

「..そういえば、悠仁。
日南川って兄貴がいなかったか?」

「「えっ」」

俺と寧々の声が重なる

「そういえば..あ、いたいた!!
それこそ、礼央先輩と同い年じゃなかったっけ!!」

陸が悠仁を指差して言う

「名前は確か..」

「...誠人、さん」

悠仁が額に頭を当てて俯く

「まさと、さん?」

寧々は首を傾げる

「そうそう。
亜門先輩っていう俺らと同じ大学にいるんだけどさ..確か亜門先輩、誠人さんと仲良かったよな?」

陸が言うと、紫音が頷く

「誠人さんは俺たちや亜門先輩がいたサッカー部の先輩でな..
めちゃくちゃ優しくて、いい人だったよ」

紫音が懐かしむように微笑む

「寧々が行方を眩ませてから..そういえば、誠人さんも連絡つかなくなったよな」

陸がギィ、と椅子の背もたれに体重をかける

「あぁ。
確かあの時は..亜門先輩から『トラブルがあったらしくてな、今入院してるらしい』って言われたか」

紫音が箇条書きに情報を書き出していく

「寧々ちゃんにも、お兄さんがいたのね..」

益々自分との共通点が浮上して、驚きを隠せない寧々

「..あのさ、これは俺の仮説なんだけど...」

珍しく、陸が真剣な顔をして言った



「..霧島が、悠仁や俺たちが探してる日南川だったりしねえの?」



ーードクン、


悠仁は、言葉が出なかった

本当は、自分もずっと思っていた“それは”..

言葉にして、一気に現実味を帯びていった

「..まさか。たまたまタイミングが一緒だったってだけだろう」

紫音が呆れたように言う

「..だ、だよな!
へへっ、変なこと言ってわりー」

明らかにぎこちな笑顔をする陸

「あー..わり、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「おー、いってら」

紫音は何事もなかったかのようにひらひらと手を振る

「....」

「....」

悠仁と寧々は動こうとせず、沈黙が流れた

「さて、と..
っておい、いつまでそんな顔してんだよ」

紫音が二人を見てしょうがない、とため息をつく

「みんな普段しないようなことして疲れたんだろ。..ほらよ」

そう言って紫音は持っていたバッグから小さなクーラーボックスを取り出し、二人の前に差し出す

「これ、は..?」

寧々がそれを受け取り、中を開くと..

「..わあ、...!!」

可愛らしいタルトが四つ、綺麗に並べられていた

「あー..俺が作った訳じゃなくてだな。
俺の..あー...相澤日和ってやつがいるんだけどさ、そいつが持っていけっていうもんだから...」

「相澤、日和?」

寧々が小首を傾げる

「日南川寧々と一番仲が良かったやつ。紫音の彼女なんだ」

タルトを取り出しながら悠仁が言う

「紫音くん、彼女さんいたの?!」

寧々の驚き様に、悠仁は吹き出す

「あぁ、中学三年の時からだから..かれこれ四年目か?」

「..まあ、そうだな」

改めて言われることに照れたのか、眼鏡をくい、と持ち上げる仕草をする

「..紫音、いまコンタクト」

「ーっ、..!!」

中学の時からの紫音の癖だ

悠仁はおかしくて堪らないと笑い出し、気付いた寧々もくすくすと笑いだす

「くっそ..覚えててろよ」

二人に背を向けて、首にかけていたタオルで汗を拭う紫音

「あー!!相澤のお菓子じゃねーか!!」

そこへタイミングよく戻ってきた陸が目を輝かせる

「うーわめっちゃ果物乗ってる!
りんごに桃に、パインにみかん..!!流石パティシエさんだな!!」

陸が嬉しそうにそれを頬張ると、満更でもなさそうに紫音が微笑む

「..次のシーズンの試作品を作ってたらしい。今日、みんなで集まるんだって言ったら行けない代わりにって」

「こんなに美味しいのに試作品..!」

寧々はすごいすごいと目を輝かせて頬張る

「..そんなに喜んでもらえたら、あいつも喜ぶわ」

紫音がスマホを取り出し、四人で写真を一枚残した