第五話 願わないで

「..やっぱり、会いてえよ」

駅のアナウンスに掻き消されるほど小さくこぼれた俺の本心

だけど隣のこいつも、俺のそれは感じ取っていたようで...

「..昨日は..その、乱暴な真似をして、ごめんなさい。」

申し訳無さそうに言うと、今度は少し気まずそうに口を開く

「あの..もし、...もしね?

あなたさえ良ければ..私にも、彼女を探すお手伝いをさせてほしいの」

寧々はそう言って、俺の前に立った


..寧々を探す、手伝い?

「どうやってー...」

俺が言いかけると、寧々は笑う

「そんなの、決まってるわけないじゃない!」

清々しいほどの笑顔でそう言い切る

「....」

「....」

「....」

「....」

..だめだ。

こいつの思考が、全く読めねぇ...


呆れたようにため息をつくと、寧々は頰を膨らませて俺に詰め寄る

「っ、確かに!今のは少し..軽率だったかもしれない」

..でもでも!!!

「一人よりも二人で探した方が、効率良いと思わない?」

キラキラした笑顔で寧々は言う

「...まぁ、そうだけど..」

..本当に、こいつは何を考えているんだろう

考えれば考えるだけ、分からなくなる

「..じゃあもし仮に、お前が俺の人探しに協力したとして...お前に何のメリットがあるんだ?」

そうだ

メリットなんて無いのに、手伝う必要なんかないはずだ

ましてや三年間、何一つ日南川寧々の情報の無かった俺の人探しに付き合う?

..さっきは俺に自分の身の上話をするわ、今度は俺に協力するとか...


..昨日、俺の手振り払ったくせに。

少しだけ気にしていた邪念を振り払い、寧々の返事を待つ

「..メリット?」

すると、何でもないというようにさらりと答える

「だってもしかしたら、探してる途中で私の過去も分かるかもしれないじゃない」

霧島寧々の....過去?

「...正直、さっきのあなたの話を聞いて..気になることが増えてしまったの。

もしかしたら..あなたの探しものの途中で、私の探しものも見つかるんじゃないかって

...そんな気がするの」

風になびいた前髪の隙間から、ビー玉のような瞳が輝いた気がした

「..この三年間、本当に何一つ昔のことが思い出せなくて...

本当は..どんな手を使ってでも、思い出したかった」

目を一度塞ぎ、また薄く目を開ける

「何でそこまで...」

俺が寧々を見上げると、寧々は眉を下げて静かに微笑む

「だって...思い出してあげないと、私の記憶が可愛そうじゃない」

記憶、が..?

「そうでしょう?

..私がいま思い出せない記憶の数々は、このままだと永遠に蓋をされてしまうのよ?

その中にはあなたが探しているような、私にも大切な人がいたかもしれない」

くるんとターンして、俺に背を向けた寧々

「..周りのみんなはね、昔のことを“思い出さなくて良い”なんて言うの

変だと思わない?

普通、ドラマとかでもそうだけど..思い出して欲しくて、一生懸命に色々させたりするでしょ?

..でも誰一人、そんな事はしなかった」

寧ろ、ここからリスタートすることを、周りは強く望んでいた

「“お前はお前なんだから”って..都にも礼央くんにも、言われちゃってるしさ」

「..礼央くん?」

「あぁ、..私の従兄弟なの。
いまはうちの大学の医学部三年生」

「..もしかして、霧島礼央先輩?」

口元に手を持っていき、考えるように言う悠仁

「?!
..あなた、礼央くんを知ってるの?」

「知ってるも何も...俺も、医学部なんだよ」

「....嘘でしょ?」

怪訝な顔で悠仁を見下ろす寧々

「ばっ..何でこんなところで嘘なんかつかなきゃなんねーんだよ」

悠仁が少し呆れたように言うと、寧々は後ずさるようなオーバーリアクションをする

「..名前は?」


..そうだった。

これだけ散々話をしておいて、彼の名前を聞けていなかったことに今更ながら気付く寧々

「..嘉内悠仁」

「ゆーじん?」

「ん、...」

今更自己紹介をする事に少し照れくさくなったのか、悠仁はそっぽを向く

「ふーん..ちょっと長いね」

「..余計なお世話だ」

ふっ、と悠仁が小さく笑うと


「じゃあ..

“じん” って呼んでも良い?

何か一番、これがしっくりくる気がする!」


そう言って、寧々は飛びきりの笑顔を見せる


「ーーー...っ、!!!!」



..一瞬、

ほんの一瞬だけ...夢を見ているのかと思った。

寧々によく似た顔で、

寧々によく似た声で、

俺のことを“じん”と呼ぶ、唯一の人間がー..


まだ、いたなんて。

「..あれ、気に入らなかった?」

寧々が少し焦ったように近付いてくる

「あ、いや...別に。それで、いい」

悠仁は右手で口元を覆い、咳払いをした

「..お前の探しものと俺の探しもの。
どっちかが見つかるかもしれないし、
どっちも見つかるかもしれない

はたまた..どっちも見つからないっていうのが、現実的だとは思う

それでもお前は..俺と探しものをするのか?」

俺は、試しているのだろうか


..だけど

彼女なら、本当に探し出してくれる..

そんな根拠どこにだってないのに、俺はそう思ってしまった


「..もちろん!よろしくね、じん!」


寧々は笑顔で右手を差し出し、俺と握手を交わしたー....


..

...同時刻、

「..ねぇ、これどうするの?」

「うーん..まぁ、しばらくは様子見ってことでいいんじゃない?」

寧々と悠仁が握手を交わした頃、二人から死角になっている少し離れた柱の向こうから、ある二人組が全てを聞いていた

「様子見って..もしもその間に寧々が記憶を取り戻しちゃったら、どうするつもり?!

せっかくの私たちの計画が台無しになっちゃうじゃない!!」

女は憤慨して訴える

「シッ..静かに。
お前の言いたいことも、確かに分かる

..でもな?お前の目的はなんだ」

「....寧々が、欲しい」

俯いて、ポケットの手帳から一枚の写真を取り出す

写真には、輝くような眩しい笑顔の寧々と..

少し大人しそうな、三つ編み眼鏡の女の子が写っていた

「だろ?..なら、もう少し待とうぜ。

可愛いお姫様が良いところで攫われるシーン..これが俺は、いっとう大好きなんだよなぁ」

「..攫われたお姫様は、どうなるの」

少し不機嫌そうに、女は尋ねる

「あー?そりゃあ決まってんだろ

..悪いクイーンにめちゃくちゃにされて、黒いドレスを身にまとうのさ」

黒い、ドレス...

「悲劇のお姫様には、幸せなんて訪れねんだよなぁ

..最も、悪いクイーンがどの位彼女を溺れさせるかにも、よるんだけどなぁ」

煽るような言い方はわざとだろう

「..嫌な言い方」

「だって本当のことだろ?

..絶対に、あの二人をバットエンドに送ってやる」

「寧々は絶対、私といる方が幸せになるの...!!

..あんな男になんて、絶対に渡さないんだから....!!!」

女は写真を持つ手に力をこめ、肩を震わせる

「..悠仁だって、お嬢といた方が賢明だと俺は思ってるぜ」

両手でカメラのフレームを作るように、男は悠仁の姿を捉える

「..お嬢様にも、幸せになってもらわなきゃ」

そのためにも....寧々

貴女は、過ぎた過去を願わないで。

本当の幸せは..私が教えてあげるわ