第二話 違うの。

「あー...相変わらずジジイどもの話なっげえ....」

げんなりと体育館から出る陸

「どうせいつもの決まり文句みたいなもんだろ。他のことしてりゃすぐ終わる」

手元のスマホで紫音はゲームをしていたらしい

「おまっ..俺の後ろでずっとスマホいじってたろ?!!」

「あぁ。流石は元バスケ部主将、背が高い分俺が目立たなくて助かる」

「お前も俺とほとんど背変わんねーだろうが!!」

キーッと、側から見れば猿のような陸と至って冷静で尚且ついたずらっぽく笑う紫音。

「..今日、晴れすぎ」

外は心地の良い小春日和だったが、悠仁には少し眩しいように感じていた

「....」

いまだ喧嘩のおさまらない二人を横目に、悠仁はふう、と息をつく

もちろん悠仁はそんな二人を特に気にすることなく、いつもの事だとスタスタと先へと進んで行った


ガヤガヤ..

「○○サークル入りませんかー?!」

「新入部員待ってまーす!」

校舎の外はサークルやらの新入生歓迎のため、体育館の外で出待ちをしていた先輩達も少なくなかった

「お、悠仁じゃん!久しぶり!」

軽快な足音が近付き、呼ばれた方へと振り返る

「亜門先輩!」

亜門彩葉(あもん いろは)、この人は俺の中学の時のサッカー部の先輩。
二つ上だから..今年三年生か

「なんだ、お前もうちの大学受けてたのかよ」

「はい。..それより先輩、その手に持ってるのって...」

亜門の手には派手派手しいボードが小脇に抱えられていて、悠仁はひょいっと覗き込む

「あぁ、俺いま天文部に所属しててさ、部長もやってるんだ」

「..亜門先輩が天文部...??」

何処か不審がるような仕草でわざとらしく後ずさりする悠仁

「おいコラ!おま、サラッと失礼な事言ってんじゃねーぞ!」

そう言うと、ビシッと悠仁の頭にチョップを入れる

「わー!!タンマタンマ!!!!
先輩のバカ力で絞まる!!!!」

じゃれるように悠仁の肩に手を回す亜門と抵抗しながらも無邪気に笑う悠仁

まるで中学の頃に戻ったように、はしゃいでいた


「..はー、ひっさしぶりに弟と戯れた気分だわ」

「俺もっすよ..こんなにーちゃんいたら毎日ボコられそうっすけど」

お互いにケラケラと笑い合っていたがふと、亜門が思い出したかのように口を開いた

「そういえばお前..あの子はどうしたんだよ?」

「...寧々の事ですか?」

寧々の話題を口にした途端、悠仁の表情は曇る

亜門は静かに頷き、悠仁の言葉を待つ

「..お前、あの子といつも一緒にいたろ?しょっちゅう二人で部活サボってたし」

「あー..そんな事もありましたね...」

目を逸らして愛想笑いのように無理な笑いを作る悠仁

「あの頃からお前もあの子も、手のかかる後輩だったぜ、全く..

サッカー部の俺とあの子がいたバレー部の飯島と、よく学校中を探し回ったよなぁ...」

遠い目をして空を仰ぐ亜門

「..あの頃が、楽しかったです」

女子バレー部のキャプテンをしていた飯島先輩とサッカー部のキャプテンをしていた亜門先輩

二人は本当に面倒見が良くて、よく俺たちを探しに来ては学校中を追いかけ回されて鬼ごっこしたっけ..

..まあ、陸上部に劣らないくらい足の早かった亜門先輩に捕まるのはいつも時間の問題だったけど。


俯いて目を閉じる悠仁をじっと見つめ、亜門が口を開く

「..みんな、今頃どうしてるんだろうなぁ」

まあ飯島はうちの教育学部にいるんだけどな、

そう言って亜門は笑う

「その様子だと..振られちまったか?」

冗談だとあどけなく笑う亜門だったが、その言葉にハッとなり..悠仁は肩を震わせて、小さく呟く

「..それならそれで、終わってくれたほうが良かった..!!」

ぶつけようのなかった思いが少しづつ、悠仁から溢れ出す

..そうだ

いっそのこと、振られていれば、こんなにあいつのことを想う必要なんて...

..

いや、振られてもきっと、俺はあいつの事がずっと忘れられなかったと思う

何とか取り繕おうと無理に笑顔を作って顔を上げると、亜門がまっすぐ悠仁を見つめていた


「..お前、あの子に恋してたんだろうな」







俺が、あいつに..

「..あの頃のお前ら見てて、察しがつかなかった奴なんていねーと思うぜ?」

肩をすくめて笑う亜門

「まあその..なんだ」

歯切れ悪く言う亜門だったが、勢い任せにビシッ!と悠仁に親指を立てて突き立てる

「何にしても、チャンスは一回きりじゃねぇ。何回だってぶつかってこい、悠仁!」

ニカッと歯を見せて笑う亜門はあの頃の亜門だった


..ガヤガヤ...

目的の教室は、この廊下を曲がって右...

いまだガヤつきの収まらない校舎内を一人で歩く悠仁

『何にしても、チャンスは一回きりじゃねぇ。何回だってぶつかってこい、悠仁!』

亜門に背中を押され、少し元気が出てきた

角に差し掛かり、曲がろうとしたー


瞬間、



ーーーードンッッッッ!!!!!



「いっ..!!」

「きゃあぁ!!!!」

悠仁は誰かとぶつかった

やっべ..いまの声、女子だよな

面倒になる前に先に謝んねーと...

「..おい、だいじょー」

そう言いかけた俺は、それ以上の言葉を続けられなかった

「いたた...」

腰まで伸びるウエーブかかった栗色の髪にぱっつんの前髪をした少女

頭を抑えて目に薄っすら涙を浮かべているのが見てとれる


..って、いやいやそうじゃなくて!!

「...っ、?!」

..焦って上手く言葉に出来ない

あんなに言いたいことはあったはずなのに..

なんで一言も、出てこないんだよ

「..っ、!!」

一度考えることをやめ、俺はいつのまにか呟いていた


「....寧々」


きょとん、とした彼女が不思議そうに顔を上げて俺を見上げる

「....へ?」

まだ痛むのか、頭を抑えたまま先に立ち上がった俺を見上げる

顔を上げても彼女の表情は変わらず、寧ろ初対面で会ったかのような反応をしていた

「おま...覚えてないのかよ」

俺は肩を落としてその場に座り込む

「..お前、寧々だよな?」

あの頃よりも髪は随分と伸び、何処で覚えてきたか知らないけど綺麗にメイクもしてたけど..

俺が、見間違うはずがない


...

三年

三年間、ずっと寧々の面影を探してきた

「..おかえり、寧々」

最初に伝えられたのは、これだった。

「....」

しばらく俺をじっと見つめていた寧々はその言葉を聞き..スッと俯いた

「..寧々?」

俺の問いかけに、寧々は反応しない

「..どうしたんだよ、本当に俺のこと、忘れたのか?」

からかうように笑い、寧々の頰に手を伸ばす



が、


ーーパシッ....!!!!


俺の手は寧々に触れることなく払いのけられ、小さな痛みが遅れてやってきた

「....あなた、誰」

震える声で、彼女は言う

「私はきっと..貴方の知ってる“寧々”じゃない」

唇をギュッと噛み締めて、彼女は悠仁に言い放つ


「私は“霧島寧々”。この春こっちに引っ越してきたばかりなの」

それに、と彼女は付け加える



「私...三年より昔の記憶が、無いの」



そう笑う寧々の笑顔は..

今にも消えてしまいそうだった。