「杏那」


振り返ると、いくらか慌てた様子の弘海先輩がこちらにやってきた。

白のTシャツに紺のチノパン、首にかかったネックレス。
示し合わせたわけではないカップルコーデに、私は小さく吹き出す。


「遅れてごめん。待ったよね」

「待ちました。三十分」


意地悪く言うと、弘海先輩は肩をすくめた。
乱れた髪がふわりと揺れて、私の心もふわりと揺れる。


「本当にごめん。どこか涼しいところで待っててくれても良かったのに」


夏の扉を前にして、お世辞にも涼しいとはいえない午後四時の気候。
待っている間に汗はかくし、帽子をかぶるのを忘れて頭の上はちょっと熱い。
改札横で買ったペットボトルも汗をかききって、ぬるくなってしまっている。
たしかに涼むにはちょうど良いコンビニが少し歩いたところにあるが、


「でも、連絡取れないじゃないですか」


仮に私が聞き間違いじゃなかったとしても、待ってる姿が見えなければ、相手は伝わってなかったと取るかもしれない。
それですれ違ってしまうのは、嫌だった。

弘海先輩は困ったように笑った。


「行きたいところがあるんだ。付いて来てくれる?」

「どこにですか?」

「ちょっと歩くけど」


大丈夫? と、弘海先輩はこてんと首を傾けた。
答える代わりに頷くと、弘海先輩はキュッと口角を上げた。


「じゃあ、行こうか。こっちだよ」


歩き出した弘海先輩について、駅を後にする。
ふわふわと浮き足立って、落ち着かない心臓。

もう長い間他人と出かけるなんてことがなかったから、少しだけ胸が踊る。
弘海先輩が先に歩いて、私は一歩後ろに続いた。