「杏那せんぱーい!」


きいちゃんの声が聞こえて、そちらに向き直る。
こちらに駆けてきたきいちゃんは勢いのまま私に飛びついてきたので、突然の大胆なスキンシップに目玉が飛び出るかと思った。
ぬいぐるみのようにぎゅーっと抱きしめられ、大きなきいちゃんに私はすっぽり収まってしまう。きいちゃんはこんなに感情を露わにする子だっただろうかと、私は混乱状態だった。


「もう、杏那先輩はやっぱり私の女神ですね!」

「え?いや」

「それに先輩のネコミミ好評で、写真撮りたいってみんな言ってるんです」

「え?」

「いいでしょ?あ、あっちです、早く!」

「あ、ちょっと」


きいちゃんに引っ張られるままついていくと、同じように赤いクラスTシャツを着た女の子たちがいて、私はきゃあきゃあと黄色い声に歓迎された。

そのあとは後輩たちとわけのわからない写真撮影を終えて、きいちゃんが三人抜きをするという勇姿を白熱する思いで見届けて、自分のクラスが学年六クラス中三位になった走りを傍観しつつ、体育祭は幕を下ろした。

あの背筋の凍るような視線は誰が投げて来たのかはわからなかった。
相変わらずクラスの私に対する態度はそっけないもので、記念に写真を撮ろうとクラスで集まっていたにも関わらず、それに呼ばれることもなかった。

不思議と悲しいとは思わなかった。
以前ならいちいち傷ついていたけれど、その辺の感覚はもう麻痺したのかもしれない。


現地解散だったので、私はそれから行われていたクラス会にも参加せずに直帰したが、競技中も、帰りの電車の中でも、傾く太陽に照らされながら家路を歩いていた時も、私の耳からは、あの声が離れなかった。


——「明日、四時。出水駅」


弘海先輩は何を思って、去り際にそう告げてきたのか。
真意を測りかねるまま、翌日を迎えた。