「へっ!?」

 思わず変な声が出てしまった。

 大慌てで振り向くと、目元が爽やかな、背が高いイケメンがそばに立っていた。

 理知的でありながら、どこか野性味を感じさせる顔つきの男性。色白で肌がすごくきれいだった。声は少し低めだけど落ち着いている。焦げ茶の髪が早春の風に揺れてた。ボーダーのインナーに、今日の空に浮かぶ雲のように真っ白なシャツを羽織り、ジーンズをはいている。

 しかし、いちばん大事なことは、こんなイケメンの知り合いは私にはいないということだった。

「えっと……」

 私の困惑をよそに、その男性はもう一歩近づいてきた。

「でもまあ、この千本鳥居をくぐらなかったのはまずまずだな。いろんな人の念いでできた鳥居だから、向こうに行かれてしまったら声がかけにくくなってしまう」

 何だか変なことをひとりで言っている。
 京都の人って怖いの?
 それにしてはいわゆる京都弁のイントネーションがない。
 だとしたら新手のナンパ?

「あの、私……別に間に合っています」

 何が間に合っているのかよく分からないけど、とにかくこの場から失礼させていただきたかった。

 しかし、そのイケメンの方では、私を解放してくれる気にはなっていないらしい。

「ああ、まだ名乗っていなかったな。人間世界では先に名乗るのが礼儀だったか。高貴な魂である私の方から名を明かすというのは業腹だが、特別だ。俺は心が広いからな。俺の名前は蒼(あお)井(い)真(まさ)人(と)という。かの須佐之男命の子、大年神の血を引き、八百万の神々のひとりとなるべく修行をしている選ばれし者だ」

 ……人は見た目では分からないものだ。ごく普通のすごいイケメン(?)だと思っていたのに、随分とこちらの理解を超越していた。

 とにかく、この場を去ろう。可及的速やかにいなくなろう。

「あー……」

 私が視線を彷徨わせて退路を確認しようとしていると、蒼井真人と名乗ったイケメンは、みるみる不機嫌になった。

「おい、おまえ。わざわざ神様見習いである俺の方が名乗ってやったのに、自分の名前は名乗りもしないとはどういうつもりだ。おまえに信仰心はないのか」

「う、うちは真言宗です」

 どうでもいいことを口走ってしまう。ん? いまこの人、自分のことを「神様見習い」とか言わなかったかしら。

「まあいいや。おまえが名乗らなくても俺はおまえの名前を知っている。天河彩夢だろ?」

「えっ?」

 私は今度こそ驚きの声を上げた。驚きだけではない。何でこの人は私の名前を知っているのだろう。むくむくと不信感と恐怖心も湧いてきた。

 もう泣きたくなってきた。

 一刻も早く逃げたい――。