俺は中学に上がってから、陸上部に入った。走ることが楽しくて、ついつい遅くまで練習するときもあった。


それが、原因だったのだと思う。


専業主婦だった母さんは、仕事中の父さんと部活中の俺、どちらからも愛をもらえる時間が減ったことで、壊れてしまった。


ある日、部活を終えて家に帰ると母さんはリビングの真ん中で座っていた。


俺は違和感を覚えながらも、母さんに近づいて声をかけた。



「母さん、ただいま」


「理人は……お母さんのこと、嫌いなの?」


「え?」


「どうしてお母さんを優先してくれないの? どうして友達なんかと遊んでるの? どうして一緒にいてくれないの……?」



ぞくりと背筋に寒気が走った。これは、本当に母さんなのだろか。いや、母さんじゃない。



「どうして、私を愛してくれないの……?」



ぐっと肩を掴まれた。いくら女でも、俺は大人の力に勝てるような年齢じゃなかった。そのまま、押し倒される。



「母さん……? ねぇ、変だよ、母さん」


「理人が悪いのよ、理人が……」



ぶつぶつと何かをつぶやく母さん。いや、母さんの顔をした誰か。俺は恐怖で動けなくなった。


知らない女の手には、果物ナイフが握られていた。よく見れば、そいつの腕は血だらけだ。