俺は亘さんの前に立つと、ゆっくりと頭を下げた。
「え……な、なんですか……?」
亘さんは困惑している。
「ごめん。ベラベラ話すことじゃなかったのに、俺、谷口に亘さんの笑顔のこと話したんだ」
「あ……そ、そうですか……別に大丈夫ですけど……。なんて話したんですか?」
「亘さんは、意図的に笑顔を消してるって」
「それに谷口さんは?」
「……よくわからないって、言ってたかな。笑いたいなら笑えばいいって」
顔を上げて、亘さんを見ると。
亘さんは目を見開いていた。
「――笑いたいなら、笑えばいい……」
そして、谷口の言葉を復唱する。
予想外の反応だった。俺は谷口のこの言葉に『無責任なやつだ』と少なくとも思っていた。亘さんの事情を何も知らないくせに、と。
でも、亘さんは。
「単純ですけど、素敵な言葉ですね……」
救われてしまった。谷口の言葉に。胸に手を当てて噛み締めている。
なんだ。俺と数日使った練習よりも、谷口の一言なんかで簡単に解決してしまうのか。
俺のやってきたことって、なんだったんだ。
悔しい。絶対に谷口よりも俺の方が、亘さんのこと――好き、なのに。
自分が拳を強く握っていることに気付いて、我に返る。
……あー、もう、だからなんで、最近こんなことばかり考えてしまうんだ。



