大人に見えていたはずの辰巳さんの別の顔。

なんでも分かっているように思っていたけれど、もしかしたら辰巳さんも私と同じで背伸びをしていたこともあったのかな。


――『もう一回、考えてくれない?俺とのこと』


私は辰巳さんに言われた言葉を思い出しながら、アパートの階段を上がる。


……と、その時。うつ向いていた視界に、スニーカーが見えた。それは夜でも分かるほど鮮やかな赤色。


ハッと顔を上げると、階段の一番上に加島が座っていた。



「ど、どうしたの?そんなところに座っちゃって」

私はわざとらしいぐらいの明るい声を出した。


加島が家の中にいなかったことに対して動揺してるわけじゃない。

心臓の動きが速いのは、加島がいる場所からちょうど外が見えるからだ。


一応手すりはあるけれど、鉄柵じゃないから高さはない。そして、こんなに静かな夜だ。

喋っていた声も、やり取りも、全部、おそらく聞かれていたと思う。



「遅かったから待ってたんですよ。連絡しても返ってこないからなにかあったんじゃないかって」
 

……もしかして、探しにいったりもしてくれたのかな。ずっとスマホはカバンに入れっぱなしだったから、気づかなかった。



「でも、そういうことだったんですね」

加島はそう言って、ゆっくりと腰を上げた。


……やっぱり、見られた。

たぶん、身体を引き寄せられた瞬間も。