ゆっくり、彼が私から手を離した。


「……早くこっちに来い」


彼が少し離れたところから私に言う。


もう彼に抵抗する気になんてならなかった。


まだ震える手足で柵を乗り越え、屋上に足をつける。


「……逃げたい現実があるから逃げる。お前がしようとしたことはそういうことだろ」


彼はその場に腰を降ろた。


まだ私を説得するつもりなのかな。


「…それの何が悪いの」


私も同じように腰を下ろす。


「悪いなんか一言も言ってねぇよ。逃げ方が間違ってるだけだ」


逃げ方……。


「お前、さっき綺麗事だって否定したけど、俺が作ってやるよ。〝良いこと〟を。生きててよかったって思えることを」