「礼拝堂」 と書かれたホールに、千人以上がひしめき合うように座っていた。

整然と、誰一人声を発することなく静かに待つ様子は異様な光景だった。

人が集まればザワザワと多少のささやき声が聞かれるものだが、無駄口を叩く者はひとりもいない。


伝道師と呼ばれる人物が、良く響く声で教典を説いていく。

教団の教え自体に不自然さはなかった。

自然とともに共存しようという教えは、むしろ共感を呼ぶものだと水穂は思った。

教祖の登場により、ホールにいる人々から感嘆の息が吐き出され、静かな熱気が立ち込める。

ゆったりとした語り口調で、ホール内を穏やかではあるが荘厳な雰囲気に変えていく。

カリスマと言う言葉が当てはまる人物だった。



教祖の話が終わり、ホールに集まった人々の昂ぶりを神崎は肌で感じていた。

この統一された思いが、宗教ではなくほかに向いたらどうなるのだろう。

集団心理の恐ろしさを充分に知っている神崎の危惧が、的中する事態が起ころうとしていた。


教祖が退いたあと現れた男は、教団の経典を引用しながら、世界の各地で自然破壊が進む現状を憂い、近い将来人類は危機にさらされるだろうと口にした。

いつの間にか国や自治体への糾弾がはじまり、世論を持ち出しながら国家批判の流れとなっていた。

もろもろの不安要素を並べる男の言葉に、人々の顔が同調していく。

突然、観衆の一人が叫んだ。



「こんなことでいいのか。われわれは、今立ち上がるときではないか!」



男の呼びかけをきっかけに、整然としていた群集が騒ぎ出した。



「水穂、俺のそばを離れるな」



神崎は水穂の体を押し出すようにホールの外へと歩きだした。



「騒ぎを止めなくていいんですか? 私たちの仕事じゃないですか!」



それには答えず、水穂の腕を掴み引きずるように進む。

その顔は、常に周りを警戒していた。

神崎の顔が一瞬強張った。

が、それも一時……

無理やり外へと連れ出された水穂が、再び神崎へ不満を述べ始めた。



「どうして外へ来たんですか。あのまま放っておいたら大変なことになりますよ。

誰かがみんなを誘導して連れ出さなくては暴徒化します」


「よく見ろ。お前が行かなくても、そういう役目の人間がいるんだよ」



神崎に促されてホール内に目を向けると、いつの間に潜入していたのか、見知った顔の捜査員がところどころで人々を誘導していた。



「俺は……テロの群集に巻き込まれて知り合いを亡くしている。そこにいたばかりに命を失った。 

運が悪かったと誰もが言うが、だからなんだ。死んだらおしまいだ。あんな思いはもうたくさんだ」



はき捨てるような言い方だった。

憎悪をにじませ拳を握り締める姿は、水穂が初めて目にするもので、水穂を危険な目に合わせまいとする神崎の思いが痛いほど伝わってきた。



「でも……私は警察官です。ここで黙って見ているわけにはいきません」



刃向かうように言い放ち、水穂はホール内に向かって走り出した。



「待て、水穂!」



神崎の声は群集の声にかき消され、水穂を追いかけようと前に出た体は、暴徒と化した信者により行く手を阻まれた。

意に反して外へと押し戻され、ホールに近寄ることすらできなくなっていた。

神崎は引き止める声を振り切って飛び込んでいった水穂の身を案じながら、正義感あふれる部下の姿に以前の自分を重ねていた。

昔の自分なら、危険を顧みず先頭をきって群集に飛び込んでいただろう。

応援部隊に任せ、自分は安全な場にいようなどとは思わなかったはずだ。

テロを憎む気持ちが薄れたわけではないが、いつの間にか正義感はさび付いていたようだと自嘲の笑いがもれた。