去年のホワイトデーのことだった。

レインボーブリッジで取り締まり中、夜景を見る籐矢と水穂の仲が来年のバレンタインデーまでに進展するか否か、ジュンとユリは賭けをした。

賭けに負けた方がホテルのディナーを奢ることになっていた。

そのときユリは ”今後進展あり” に賭けた。 

勝ちを確信したものの、これだという証拠を見つけなければジュンも納得しないだろう。

ユリは今まで以上に二人を観察することにした。

今夜は密輸事件に関わる捜査員達の集まりで、事件解決を目指して結束を固めると言う名目の懇親会である。

見慣れた顔が揃う中、ユリは栗山がいないことに気がついた。



「水穂、栗山さんはどうしたの?」


「えっ? あぁ、そうね、どうしたのかな……」


「どうしたのかなって、仕事が忙しいとか聞いてないの?」


「聞いてないけど……」



これはおかしい、絶対に変だとユリは思案顔で水穂を見つめる。 

交際相手である栗山の不参加の理由を水穂は知らないとは、ますます怪しい。

「聞いてないけど……」 と言ったあと目が泳いでいる。

栗山と何かあったのか……

ユリは、自分の推理が正しいことを確かめるためある行動にでた。



「来週の水曜だけど、水穂空いてる? 女の子が一人足りないの」


「合コンでしょう。まだそんなことやってんの? いい加減落ちついたら?」


「独身のアナタに言われたくないわね。ねぇ、人数合わせで座ってるだけでいいの、お願い。 

それとも、栗山さんがダメって言うかな」


「あっ、あの……それはどうかな、栗山さんはべつに……」


「ダメだ、コイツにはまだ警備が必要だ。岩谷、悪いが合コンの誘いなら、ほかをあたってくれ」



背中から籐矢の声がしたかと思ったら、水穂の腕を引寄せ強引に断ってきた。

今までは 「神崎さん、勝手なこと言わないでください」 と必ず反論していた水穂が、籐矢に身を預け、おとなしく言いなりになっている。

やっぱり怪しい……

二人の距離が微妙に近い、5センチ、いや、10センチだろうか。

籐矢と水穂の立ち位置の距離は、前に比べ確実に狭まっている。

それからもう一点、ふたりのボディータッチの回数が多い。

声を掛けながら腕をつかむ、それに答えながら肩に手をおく。

「こっちへ来い」 と籐矢が水穂の手首を握って移動する二人の様子を、ユリは気づかれないよう注意深く目で追った。 

籐矢は部屋の奥に水穂を連れて行き、彼女の耳元近くに顔を寄せ小声で話し、水穂はと見ると、うなずきながら神妙な顔で籐矢の声に真剣に耳を傾けている。

離れ際に、籐矢の手が水穂の頬に触れたようにも見えた。

ユリの位置から触れたかどうかまではハッキリと確認はできなかったが、水穂の顔が赤らんだ様子に、間違いないと確信を持った。 

籐矢のいた席のグラスをのぞき顔を寄せたユリは、さらに驚くべきことを発見することになる。

ほほぉ……これは、これは……隠し様がないわね。

悔しがるジュンの顔とホテルの豪華ディナーを想像して、ユリの口元に笑いが込み上げてきた。

その頃、ジュンはユリとまったく反対の事を考えていた。

さっきから籐矢と水穂を観察しているが、以前にも増して遠慮のない掛け合いが聞かれた。



「明日の夕方の予定はどうなっている。俺の都合もある、早めに聞かせろ」


「俺の都合って、私の警護が優先なんじゃないですか?」


「おまえなぁ、警護してやってる俺にも少しは気を遣え。すみませんがお願いしますと、感謝の一言もないのか」


「そうですね。はいはい、すみませんが明日は稽古事の予定が入っています。警護をよろしくお願いします」


「”はいはい” は余計だ。心がこもってない」


「ほんっとに、もぉー!!」



頬の膨れた水穂はいつもの通りだし、それをさらにからかう籐矢も今までと同じだ。

栗山との交際が順調であれば、籐矢との関係は上司と部下のままである。 

直球勝負で聞いてみよう……

ジュンは水穂の隣りに座って腕を引っ張った。



「ねぇねぇ、アンタ、栗山さんとどうなってるのよ。お付き合いは進んでんの?」


「どうなってるのって言われても、ジュンには関係ない……」


「それが関係あるのよ。ねぇ、教えなさいよ」


「やぁよ……」


「内野、その辺にしといてやれ。コイツが決めることだ。水穂、そろそろ帰るぞ」


「はい」



あれ? 何かが違う……

コイツが決めることだって、水穂が何を決めるのだろう。

いつもの籐矢なら、ジュンと一緒になって栗山のことを聞いて水穂をからかったのに。

それに今の水穂の返事は、あまりにも素直すぎる。

神崎さん、「水穂」 ってナチュラルに呼んだ?

この二人……ひょっとして ひょっとするかも……

ホテルのディナーは私が奢るの? 

冗談じゃないわ!

ジュンは、ユリが賭けを忘れていてくれることを祈った。