- St. Valentine's Day -

世界各地では男女の愛の誓いの日とされているが、日本においては、女性が好きな男性にチョコレートを贈る日となっている。

チョコレートの年間消費量の4分の1が、この日に消費されると言われるほどで、本命、義理と、女性達は自分の思いをチョコレートに託してその日に備える。


バレンタインデーを明日に控え、水穂はチョコレートを前にして思い悩んでいた。

酒も飲むが甘いものにも目がない籐矢は、チョコレートにもうるさい。

籐矢のリクエストどおり、去年も贈った紋章入りの赤箱のチョコを今年も取り寄せた。

明日は忙しくてバレンタインイベントどころではないだろう。 

では、いつ渡そう……

この頃、籐矢を凝視できずに困っている。

仕事の話はなんでもない顔でできるのに、そうでないとき、ふいに先日の光景が蘇り顔が赤らんでくる。

今日だってそうだ、廊下で立ち話をする男女の職員を見ただけで、あの夜の自分と籐矢を思い出した。

籐矢の情熱を一身に受けながら、水穂も必死にキスを返した。

そのときの情景を思い描くだけで、体中がジンと痺れると同時に、とてつもない恥ずかしさが襲ってくる。

家からさほど遠くない道であり、誰かが目撃したかもしれない。

小さい頃から住んでいるのだから、姿を見ただけで、どこそこの誰とわかるはずだ。

もしかして、あの抱擁とキスを近所の誰かが見て、それが人の口にのぼり、母親の耳に届いたりでもしたらどうなる。

それより、父親が知ってしまったらと考えると思考回路が壊れそうだった。



「あぁーっ、恥ずかしい……」



繰り返し思い出しては、赤らんでいく顔を手で隠して恥ずかしさを抑えている。 

いや、そんなことはない、あの暗闇だ、顔などわからないだろうし、なにより人の気配はなかった。

でも、もしかして見られていたら……と、水穂はまた悩み、毎日この繰り返しだった。

それなのに、籐矢の方はまったく気にならないようで 「誰かに見られたかも」 と心配顔で相談しても 「見られたっていいじゃないか」 と平然としている。

さらには、車の中だろうが街中だろうが、水穂の不意をついて顔を寄せて唇をかすめ取る。

「困ります」 と抗議してもどこ吹く風といった様子だ。

そんな籐矢を嫌ではないと思いながら、水穂の憂いのため息は日ごと増していた。