「買い物につき合わせちゃって、すみません」


「こんな警護なら大歓迎だよ。神崎さんからも頼まれたから、公認のデートだね」


「あはっ、そうですね」



休日の午後、友人の誕生日のプレゼントを買いたいので付き合って欲しいと言われて、栗山は水穂の頼みを二つ返事で引き受けた。

あれにしようかこれにしようかと、品物を取っては置き取っては置きと、なかなかプレゼントが決まらない水穂の顔を、栗山は嬉しそうに眺めている。



「神崎さんが一緒だと ”まだか、まだか、いい加減に決めろ” なんてせっつくから、ゆっくり見られなくて。

ホント、あんなところはせっかちなんだから」


「あはは、神崎さんらしいね。今日はゆっくり選んでいいよ」


「すみません、もう少しだけ付き合ってください……どうしよう、こっち? これ? う~ん……」



栗山も内心長い買い物だと思っていたが、水穂の愚痴に調子を合わせて色よい良い返事を返していた。

それもこれも、籐矢より抜きん出たい思いが強いためだ。

ようやく買い物が終わり、どこかで休憩しようと街中へ踏み出した。

水穂に張り付くように歩く栗山は、左手で水穂の手をしっかり握っている。

この頃遠慮がちな水穂に多少の不安を持っていたが、今日の様子では栗山を頼っている。

頼られる心地よさに浸っているときだった。

”パーン” と二人の後方で何かが弾ける音がした。

栗山はとっさに水穂を抱き寄せた。



「パンクか?」


「そうですね……」



心なしか水穂の声が緊張していた。

ほどなく、また音がした。

さっきより大きな破裂音に、水穂がしゃがみこんだ。



「水穂さん!」


「もしかして私を狙ってるの? ねっ、そうじゃない?」


「そんなことない。気にし過ぎだよ」



栗山は励ますつもりで水穂へ気にし過ぎるなと口にしたが、その言葉は適切な声掛けでないことに気がついていない。

大きな音を聞いたくらいでびくびくするなと栗山に言われたようで、水穂は軽いショックを受けていた。

それと同時に恐怖が襲ってきた。

音に敏感になってはいけないと、思えば思うほど恐怖が増してくる。



「少し先にコーヒーが美味しい店があるんだけど、行ってみないか。

学生の頃は良く通ったなぁ、久しぶりだ。水穂さんを連れてったら、マスター驚くだろうな」



二度目の音には、パンク音のほかに気になる音が混じっていたため、栗山は危険を感じとっていた。

水穂が言うように彼女を狙ったものならば、一刻も早くこの場から立ち去る必要がある。

栗山はしゃがみこんだ水穂を抱え引き上げようとしたが、水穂の体は動かない。



「立てる? 僕につかまって」


「この前と同じ音……」


「水穂さん?」


「怖い……いやっ、たすけて……神崎さん、助けて!」



抱え込まれた栗山の腕の中で、水穂は籐矢の名を呼んだ。


車のエンジン音だけが聞こえる車内で、重苦しい沈黙が二人を包んでいた。

言葉を発したとたん、今までの関係が終わるのではないかと思えて、栗山は声を出すことが出来なかった。

水穂がとっさに助けを求めた相手は籐矢だった。

胸に突き刺さったままの水穂の声が、ギリギリと音を立て奥へ奥へと食い込んでいく。

先に声を出したのは水穂だった。



「ここでいいです……ありがとうございました」


「僕は水穂さんのボディーガードだからね、家の前まで送るよ」


「ここでおろしてください」



水穂の拒絶するような声の響き逆らえず、栗山はやむなく車を止めた。



「今夜はゆっくり休んで」


「はい……さようなら」



水穂の告げた ”さようなら” が、栗山には別れの言葉に聞こえて思わず横を向いた。

水穂を降ろしたあと、栗山は勢いよく車を発進させた。


家につき、自室のベッドに身を投げたあとも、水穂の心は波立っていた。

あの時、どうして籐矢の名を呼んでしまったのか。

タイヤのパンク音と、先日の事件の際の拳銃の発砲音が重なり、思考が混乱したのは自分でもわかっていた。

なのになぜ籐矢の名を呼んだのか、そばにいた栗山ではなく籐矢を……

なぜ籐矢かと、水穂は自分の心に問いかけた。

ビルの一室のキスも、いくら恐怖を拭い去る行為だとしても、嫌な相手なら何がなんでも抵抗していただろう。

嫌じゃなかったから……嫌じゃなかったから、籐矢を拒まなかった。 

唇を合わせ続けることで恐怖を忘れようとした。

それは、思いがけず甘い余韻を残していた。

水穂の胸に、隠しようのない気持ちが溢れてきた。

走ってこよう……

水穂は車の鍵をつかみ、部屋を飛び出した。


夕方の湾岸道は、昼間の渋滞がウソのように空いていた。

まるで、水穂のために用意されたような道だ。

適度なカーブにハンドルを傾け、滑るように走る。

昔から、悩みにぶつかると運転しながら頭の中を整理してきた。

扱い慣れたギアをオーバートップまで入れ、アクセルを踏み込みレインボーブリッジを目指した。