人里は離れた場所で、宗教団体の集会があると情報が入ったのは2週間前。

純粋に宗教がらみの集会なら問題はないが、ある地下組織の隠れ蓑ではないかと情報屋から連絡があった。

潜入捜査が決まり、男女の捜査員がいいだろうと神崎と水穂が選ばれた。



「潜入捜査だから私たちが選ばれましたけど、長髪にサングラスの神崎さんは一般人に見えませんね」


「なんだ、俺が普通じゃないって言うのか?」


「そうですねぇ……強持てのお兄さんってところじゃないですか?」


「おまえなぁ、上司に向かってよくも……まぁいい」



そう言うと、神崎は車外に目を向けた。

水穂と他愛のない会話をしながら、胸の底にこびりついている苦々しい事件を思い出していた。

あの時俺が呼び出さなければ、事件に巻き込まれることもなかったはずなのにと、何度も、何度も、自分を繰り返し責め続けた数年間。

永遠に聞くことのできない声を決して忘れまいと、耳に、頭に、心に……いつも染み込ませている。

事件の後、警察官を退くことも考えたが上司の説得で一年間警察学校の教官を務め、その後、警察庁にいる叔父の勧めでICPOに出向した。


フランスで過ごした三年間は神崎を救った。

新しい環境についていくことに精一杯で、辛いことを思い出す間もなかった。

各国から派遣された同僚との絆はかけがえにないものになり、世界中にいる元同僚との繋がりは、今の神崎の情報網として最大の武器であり支えとなっている。



「見えてきたな」



神崎が顎をしゃくって、あれを見ろと促す。

山中深く、巨大な建造物と宗教団体のシンボルタワーが聳え立っていた。

これから乗り込む相手の計り知れない不気味さを見せ付けられ、水穂は口の中に嫌な渇きを覚えた。

山道を抜け川を渡ると、急に目の前が開けて綺麗に整備された駐車場が現れた。



「行くぞ」



先に降りた神崎を見た水穂は、思わず声を上げた。



「神崎さん、そのメガネ」


「そんなに見るな。おまえが強持てに見えると言うから替えたんだよ」



照れくささを隠すためか、ぶっきら棒な声だった。

神崎の顔をマジマジと見た水穂は、こらえ切れずに笑い出した。



「笑うな、行くぞ!」



神崎の顔からいつものサングラスが外され、細いメタリックフレームのメガネが掛けられていた。

車を降りてもまだ笑いの止まらない水穂を残して、神崎はどんどん先を歩いてゆく。





宗教のシンボルマークを模ったモニュメントを見上げ、力を誇示するような仰々しい構えの門をくぐり、迷うことなくひとつの建物に入っていく神崎を、水穂は必死で追いかけた。

突然神崎が立ち止まり、追いついた水穂は大きな背中にぶつかった。



「急に止まらないでください。危ないじゃないですか!」


「偽名を考えてなかったなぁ……俺は、そうだな……鈴木次郎とでも名乗るか」


「それって……イチローの弟みたいじゃないですか」


「アンタはどうする。田中花子ってのはどうだ」


「あのぉ……どこまでが冗談ですか」


「全部だよ」


「じゃぁ、私はミカにしてください」


「ミカ? 理由がありそうだな」


「美しい花と書いて美花、花子よりおしゃれだと思いませんか? 山田美花なら手を打ちましょう」



「アンタは本当に面白いよ」 と、神崎の滅多に見せない笑みがこぼれた。

水穂は知っていた、神崎が冗談を言うときは、かなり緊張した場面に遭遇する前だということを……

本気とも冗談とも思えることを言いながら、水穂の緊張を解いていく。

それが彼特有の気配りであると、水穂は神崎と行動を共にした二ヶ月間で理解した。