「よぉ、昨日は楽しかったか?」
「余計なお世話です。神崎さんには関係ありませーん」
「ふぅ~ん、そうかい。デートの邪魔をしちゃ悪いと思って、家に連絡した俺の気遣いもわからんヤツとはなぁ。
あぁ残念だ。次から携帯をビービー鳴らしてやる」
「もぉー、どうしてそんなこと考えるんですか。ほんっと大人げないんだから、信じられない!
神崎さんからの着信音は、ダーズベーダーのテーマ曲にしておきます。その曲が鳴ったら出ないの」
「ほぉ……いい度胸じゃないか。憎まれついでに言っておく。今夜から残業だから覚悟しておけ」
「えーっ! 明後日は、ジュン達と映画を観る約束をしてるのにー。
どうして昨日教えてくれなかったんですか!」
「俺に当たるな。例のビルのオーナーが、大型の輸送船を所有していたことがわかった。
意外なところで繋がったな」
途端に声のトーンを落とした籐矢は、周りを警戒した目になった。
「密輸の現場に出くわす可能性もある。徹夜の張り込みになるかもしれん」
「港が特定できたんですか」
それには答えず、籐矢の腕が水穂を引っ張って廊下の隅に押しやった。
部外者の姿がみえて警戒したのだった。
水穂の耳元で、捜査官たちの地道な捜査の結果だがと前置きして、小声で事情を話し始めた。
素直にうなずく顔が、籐矢の目の前にあった。
頬に触れてしまいたい衝動を、水穂の腕を握り締めることで抑えていた。
水穂は 「はい、はい」 と小さくうなずきながら色気のない返事を繰り返し発しているが、顔を動かせばすぐにでも奪えそうな唇は、艶やかな輝きを放っている。
これは拷問に近いな……
思いもよらぬ苦痛を強いられたものだと、籐矢は水穂の唇に触れてしまったことを悔やみながらも、封じ込めたはずの夜を思い出していた。