帰宅すると、雨に濡れた娘を、母の曜子が迎え入れた。

今夜は栗山と一緒だと聞いていたが、あまり嬉しそうな顔でない娘が気になった。



「どうしたの。栗山さんとケンカでもしたの?」


「なんでもない……」


「そんな顔して……デートから帰ったら、もっと楽しい顔をしていたのに、倦怠期かしら?」



母親の言葉とは思えない可笑しな表現に、水穂は思わず吹き出した。



「お母さんらしい発想ね。結婚前、お父さんと倦怠期なんてあったの?」


「ないわよぉ。会うたびに、ズキンって心臓が鳴るの。 

祐太郎さんの顔を見ただけで、手がジーンって痺れたものよ」


「やぁだぁ、娘の前でノロケるなんて。ご馳走さま」


「ふふっ。あっ、そうだ。神崎さんからお電話をいただいたの。 

明日のスケジュールが変更になりましたからって。

これがメモ。今夜はお出かけだとうかがったので、自宅にお電話差し上げましたって。

丁寧なご挨拶をされて、この前の事件のことも、ご心配をおかけしました、申し訳ありませんとおっしゃって。

とっても礼儀正しい方ね。それに声が素敵、お母さん、聞き惚れちゃったわ」


「そう……ありがとう」
 


ほうっておくと籐矢の話を聞かせてとせがまれそうで、水穂は母親とのおしゃべりを短く終えた。

熱いシャワーを浴びて、いつもは入らない浴槽に身を沈めたのは、体が冷えているから温まってきなさいと母の助言だった。

一人になると 栗山とのことが思い出された。

今夜の栗山は、水穂が知っている彼とはどことなく違っていた。

いつも落ちついて、自信に満ち溢れていて、これまでは余裕のある接し方をしていたのに、さっき別れた彼は、何かに追い立てられたようで切羽詰った感じがみられた。

どうしたんだろう、あんなキス……初めて……

いままでになく積極的なキスは、水穂を離さないと言うようで悪い気はしなかった。

神崎さんのキスよりずっと素敵、ホント、神崎さんて、なにもかも乱暴なんだから…

先日の夜を思い出した水穂は、またズキンと指先と胸に痺れを感じた。



「えっ、なんで神崎さんが出てくるのよ。私が好きなのは栗山さんなんだから……」



ザブンザブンと湯をかき回して、水穂は全身に走った鼓動と籐矢の顔を打ち消した。