救助に駆けつけた捜査員が、あんなにも朗らかな顔で救助を待っていた人間は初めてだと言っていたと、 室長から後日談を聞かされたのは一週間あとのこと。

その日は、科捜研の担当者を交えて、今後の捜査方針の見直しがなされていた。



「栗山が見つけてくれたそうだな。礼を言うよ」


「いえ、本当に偶然でした。現場のビルは地下で繋がっていたと思い出して、捜索の範囲を広げてもららいました。

僕もじっとしていられなくて眼を凝らしていたら、キラッと光が目に入って、それで気がついたんです。

神崎さんが窓からかざした金属片の反射が見えたとき、この世に神の存在を信じましたね。

もう少し発見が遅ければと思うと、今でも身震いします」


「本当に助かった。あのままあそこにいたら、俺たちはビルと一緒に粉々だったからな」



籐矢と水穂が助け出された日に、ビルの取り壊しが決まっていた。

捜索する傍らで発破作業の準備が始まっていたんですよと、そう言いながら栗山は目を潤ませた。



「神崎さん、あの……」


「なんだ?」 


「……彼女と、何かありましたか?」



籐矢は栗山の真意を測りかねた。



「なにって、どういうことだ」


「救助されたあと、二人があまりにも親しげに見えたので、密接な関係が生まれたのかと……」


「何が言いたい」


「あのとき、神崎さんの口の端に口紅が付いていたので……」


「おまえなぁ、俺を担ぐのは10年早いぞ」


「ははっ、バレましたか?」

 

栗山が頭を掻きながら、照れくさそうに笑う。



「何を心配してる。今日だって、彼女と約束してるんだろう? 早く帰らせてくれって言われてる」


「香坂さん、そんなことまで神崎さんに話すんですか」


「そりゃ、俺はあいつの上司だからな。仕事がおわったら、さっさと栗山のところに送りつけるさ」



そう言われても、栗山の心配は拭いきれない。

不安な心が籐矢を試すようなことを口にした。



「こんなデータがあるのを知っていますか?

遭難したり危険な場面に遭遇した男女は、助け出されたのち、結婚に至る確立が高いそうですよ」


「残念だが、それは俺たちには当てはまらないな。われわれは常に危険に身をさらしている。

そのデータを当てはめるなら、俺とあいつは結婚と離婚を繰り返すことになる」


「神崎さん、うまいことを言いますね。

結婚と離婚を繰り返すか……彼女、この先も危険な目に遭うんでしょうね」



含みのある言い方をして、栗山は籐矢へ挑戦的な目を向けた。

更に言葉を続けようとしたときだった、部屋から水穂が駆けて出てきた。



「神崎さん、室長が呼んでます。それと、昨日の会議の資料を持って、あっ!」



何かに足をとられた水穂がつまずき、とっさに手を出した籐矢が、倒れかけた水穂の体をしっかりと支えた。



「はぁ、ビックリした」


「気をつけろ。ホント、おまえはそそっかしいよ」


「そそっかしくてすみませんね。でも神崎さん、何があっても私を助けるって言ったじゃないですか。

あのとき、あのとき、言いましたよね」


「ここでそれを言うか!」



いつもの掛け合いが始まった。

栗山も何度となく見聞きした二人の遠慮のないやり取りが、今日はやけに耳についた。

守る側、守られる側、それぞれの信頼関係がしっかりできている。

自分は、その中に食い込んでいけるのか、または弾かれるのか……

廃屋のビルから助け出されたとき、籐矢の口の端に僅かに口紅の色が見えた。

あれは、二人が触れ合った証拠ではないかと考えると、栗山には水穂と自分の関係などどこにも保証がないように思われた。



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五年祭 ・・・ 神道では五年おきに神事を行います。

       仏教の三回忌、七回忌などがこれにあたり 親族が集まり
         
       神官の祝詞(のりと)があげられます。