夏の空はどこまでも青く、見事な入道雲が浮かんでいる。
空を見上げながら、隣に並ぶ水穂がポツリと聞いてきた。
「ソニアさんって……神崎さんと同棲してた人ですか」
「おい、核心を突いた質問だな。急にどうした?」
「だって、前に言ってたじゃないですか、同棲してたことがあるって。だから、そうかなと思って」
「彼女じゃない。もっと凄い美人だった。胸なんか、こーんなに大きくて、おまえのささやかな胸とは比べ物にならないくらいだった」
「うっ……ささやかな胸ですみませんね。真面目に質問した私がバカでした、フン!」
籐矢に背を向け、車に向かおうとして 「おい、あれを見ろよ」 と呼び止められた。
轟音とともに向かってくる機体は、その胴体の真下を見せながら二人の真上を飛んでいった。
「これを見せたかったんだ。どうだ、迫力あるだろう」
「凄い……人間ってすごいですね。あんな大きな物を飛ばしちゃうなんて」
「そうだな」
「神崎さん……」
「なんだ」
「神崎さんが大事にしていたピアノって、亡くなったお母さんの形見ですか」
水穂は、轟音とともに空へ飛び去った機体を目で追いながら、気負わず語りだした。
「あぁ、そうだ。今のお袋も俺を大事にしてくれたのに、どうにも寂しいときがあった。
だけど、子ども心に寂しいと言えなくて、そんなときピアノを弾いた」
「そうだったんですか……神崎さんって、やっぱり優しいですね」
いきなり頭をモシャッといじられ、籐矢の腕に抱えこまれた。
「ちょっとやめてください。せっかくブローしたのに、台無しじゃないですか!」
「おまえは、やっぱり良いヤツだと思ったんだよ。可愛い部下だよ」
「あーっ、これ以上髪をかき回さないでー! 前言撤回!」
遠い少年の日……
亡くなった母が恋しくて、誰にも言えずピアノに向かい合っていた頃の幼い籐矢と、今の彼とは少しも変わらないのだろうと、悪態をつきながらも水穂はそんなことを思った。
籐矢はそうではないと言ったが、ソニアは彼のかつての恋人だったのだ。
『水穂、トーヤをよろしくね。アナタたち、本当に良いパートナーよ。これからもずっと続けていって』
去り際にソニアが残した言葉が、水穂の胸に心地よく響いていた。



