メール受信音が響くと、神崎は灰皿代わりの空き缶でタバコをもみ消し、PC画面に釘付けになった。



「室長、場所が特定できました」



その声を待っていたように室長は立ち上がり、神崎と打ち合わせを始めた。

水穂の入り込むスキなどどこにもなかった。

疎外感を感じながら、それでも二人のやりとりに耳を傾ける。



「よし、これで飛び出していったあいつ等の働きも、無駄足にならないだろう」



神崎への礼ともとれる言葉のあと、室長は散っていった捜査員に再度指示をだす。



「警視、あのう……ひとつお聞きしてもよろしいですか?」



水穂は、さっきから気になっていることを神崎に向けた。



「こうなるとわかっているのに どうしてみんなが出て行くのを止めなかったんですか?

時間の無駄だと思うのですが……」



神崎が水穂の顔を捉え、またニヤリと笑う。



「アンタみたいに柔軟な考えの人間はまだ少ない。日本の警察は、足でかせぐことを美徳としているからな。

さっき俺が動くなと言ったところで、誰も俺の話など聞きはしないだろう」



そう言うと、またタバコを取りだし火を付けて、「アンタがパートナーで良かったよ」 と独り言のように呟くと満足そうに微笑んだ。

人気のない部屋に、神崎のタバコの煙が悠々と流れ漂っている。



「もう、どうして言うことが聞けないんですか。ここは禁煙です!」



神崎は、水穂がタバコを奪い取るのを楽しんでいるかのように、何度もタバコを取り出しては火をつける。

水穂はつかみ合いさながらに、神崎から箱ごと奪い取ったタバコを握り締め彼を睨みつけたが、その顔に反省の色などどこにもなく、しばらくすると、手品のように袖口から取り出したタバコをくわえて火をつけた。



「神崎さん!」



水穂は、あらんばかりの声をあげ神崎を叱りつけた。

叱りながら、緊迫した状況でも平然と構える神崎の、得体の知れない大きさに触れた気がしていた。

タバコが一本灰になると、神崎はおもむろに立ち上がった。



「水穂、出かけるぞ」


「ちょっと、いきなりなんですか。待ってください。

それに、どうして名前で呼ぶんですか。苗字で呼んでください」



背を向けたまま神崎が応じる。



「香坂って名前を口にすると、アンタのオヤジさんや、出来の良い弟を思い出すんだよ」



神崎籐矢……

水穂が、彼の無鉄砲とも言える偉大さを知るのは、もう少し先のこと。

神崎藤矢と香坂水穂のコンビは、その後難事件を解決してゆくことになる。