リヨンに着き、酒場とソニアの部屋で丸一日を過ごした籐矢が部屋に戻ると、部屋の電話に何件もの伝言が入っていた。
すべて叔父の京極警察庁長官からだった。
「ようやくつかまった! 携帯にも出ないから心配したぞ」
「すみません、バッテリー切れで……」
外部からの接触を断つために自ら電源を落としていたとは言えず、適当な理由を述べる籐矢の言葉をさぎって、叔父は話の先を急いだ。
「潤一郎君と連絡が取れない、二日前から行方不明だ」
「行方不明って、潤一郎はどこにいたんですか」
「パリ市内だ。部下と接触したあと姿が消えた」
数日前、極秘任務でパリに入り、部下と接触後行方が途絶えた。
潤一郎の直属の上司であり、叔父の近衛情報局局長も必死になって行方を捜している。
情報局長の実家、近衛家にも密かに協力を依頼した。
しかし、世界中に支社を持つ近衛グループの情報網をもってしても、潤一郎の居所を特定できないようだと告げる京極局長の声は微かに震えていた。
従姉妹の紫子の夫であり、籐矢の古い友人でもある潤一郎はどこにいるのか。
敵の手に落ちて、連絡手段を絶たれたか……
考えは悪い方へと向かう。
「わかりました。これから本部に行ってみます」
そう叔父に伝えて電話を切った。
ICPO本部には世界中の情報が集まってくる、本部に行けば何かつかめるかも知れない。
籐矢は即座に上着をつかんで部屋を飛び出した。
本部には昨日も顔を出した。
勤務は来週からでよいと言われていたのに、翌日また顔を見せた籐矢にチーフが冗談を投げてよこした。
「日本人は本当に働くのが好きだな。俺と立場を代わるか?」
「いえ、その件はお断りします。情報を……」
そう言いかけて、上司の肩の向こう側の人物に気がついた。
「ソニア!」
今朝別れたばかりのソニアがそこにいた。
彼女はオフィスに現れた籐矢に驚いた様子もなく、自然に歩み寄ってきた。
「ねっ、会えたでしょう」
ソニアに会ったことに驚きながら、潤一郎の行方を探すため情報収集を頼む籐矢を、彼らはすぐに仲間として受け入れてくれた。
仲間の協力もあり、近衛潤一郎は無事に帰国することができたのだった。
懐かしい顔が次々と浮かぶ。
「ジュンイチロウは元気にしてる?」
「あぁ、相変わらず世界を飛び回ってるよ。今、日本に帰ってきてる。アイツも呼び出そうか」
「おねがい。ジュンイチロウご自慢の美人の奥様にもお会いしたいわね」
「わかった」
籐矢は、言うが早いか潤一郎へ連絡をとった。
その頃……
「神崎さんって美人に弱いの。ベアール捜査官にべったりなんだから!
男って、まったくもぉー、ヤダヤダ」
突然の呼び出しにも嫌な顔をせず、ジュンとユリは水穂の愚痴に付き合っていた。
「だから言ったじゃない、アンタも頑張りなさいって。しっかりしないと神崎さんを取られるわよ」
ユリが水穂をあおる。
「取られる? 何言ってんのよ。あっちは元恋人、同棲してたかもって相手よ。
元の鞘に収まるだけですぅー! それにねぇ、取られるって、私達そんな仲じゃありませーん」
「そんな仲じゃありませーん、って、そんなことはどうでもいいの。
フランス女に負けちゃダメ、これは女同士の戦いよ。勝って栗山さんに褒めてもらいなさい」
ジュンがベアール捜査官に負けるなと説教をしようと身構えるのを、ユリがそっと制した。
「この子、やっと気がついたんだ。ほら見てよ、神崎さんを想って恋に苦しむ女の顔になってる。
フランス人の捜査官を気にちゃって、嫉妬してるのよ」
「ふん、誰が恋に苦しんでるって? こんなの、ただの酔っ払いじゃない。ユリ、いい加減なこと言わないでくれる?」
籐矢と水穂は上手くいかない……と賭けたジュンとしては、水穂の女心を認めるわけにはいかない。
一方、水穂は来年は籐矢へ本命チョコを贈る……に賭けたユリは、水穂の変化にうきうきしていた。
「この子のお酒って、絡み酒ね」
ユリが笑う。
「絡む、愚痴る、怒る、ホント手に負えないわね」
ジュンが眉をひそめる。
そして 「神崎さんも罪な男だわ……」 と、美人婦警二人は端的な結論を下し、家庭がありながら水穂の絡み酒に明け方まで付き合った。
そんな噂をされているとも知らず、呼び出した近衛夫妻を交え、籐矢は心地良くグラスを傾けていた。



