水穂が所属する刑事部の分室は難事件の解決が求められる部署だけに、精鋭が集まり活気に満ちあふれている。

そんな中、神崎の存在は一種独特で、誰にも混じり合おうとしない。

水穂は隣に座る神崎の感情を読めない横顔を一瞥すると、今日何度目かのため息をつき、神崎とコンビを組むようにと東郷室長から告げられた日のことを思い出した。



「彼は気難しいところもあるが君ならできる、適任だと思う。神崎君をよろしく頼む」


「室長、困ります。神崎警視は人の言うことなんてこ聞きません。どうして私が適任なんですか」



これでは立場が逆ではないかと、座ったままの室長の頭へ小声で、しかし、声を強く抗議した。

水穂の面倒を神崎が見るならわかるが、水穂へ神崎を頼むと室長は言ったのだ。



「俺が君を見込んだんだよ。なぁに、香坂なら大丈夫」



何を根拠に大丈夫と言えるのかと、よほど言い返そうかと思ったものの、一見穏やかな東郷室長は見た目より頑固であることを水穂は知っている。

こうと決めたら誰も覆せないのが室長の決定であることも……

「わかりました」 としぶしぶ返事をしたが、その日から水穂は思い悩んでいた。

あの取っつきの悪い神崎警視と、どうしたら仕事がスムーズにいくだろうか。

とりあえず、急を要する事件は起こっていない。

今のうちに、なんとか彼との接点を見いだそうと考えていた。



国際捜査課から応援の依頼があったのは、それから間もなくだった。

逃亡中の犯人を捕らえたが、麻薬の取引現場を特定できないとのことだった。

今夜取引が行われるのは確実で、犯人のメモや記録から数カ所が限定されたが、数カ所すべてに職員を配置するのは不可能である。

分室総動員で応援にあたるよう指示があり、騒然とした雰囲気の中、神崎だけは悠然と構えていた。

誰もが先日の事件で暴徒を沈静化させた神崎の動きに注目している。

それなのに、彼は一向に動こうとしない。

神崎が動かない限り、水穂も勝手に動けない。

何かしたいのに、何にもできない自分がもどかしかった。

一向に動こうとしない神崎と香坂を残して、他の捜査員はそれぞれの現場に散っていった。



「神崎さん、私たちも動いたほうがよいのではないでしょうか。ここにじっとしていても進展はありません」



水穂の言葉は落ち着き丁寧でありながら、顔には抑えきれない苛立ちが浮かんでいる。

神崎は、立ったままの水穂の手首を掴んで椅子に座らせた。



「アンタの顔を見ていると飽きないね。百面相みたいだ」



緊迫した状況の中、神崎の声はのんびりとしていた。

水穂は神崎に馬鹿にされたのかと腹を立て、「ふざけないでください」 と言おうとして思いとどまった。

切れ者と噂の神崎警視が、この局面でただ座っているわけはない。

きっと、この人なりに戦略があるのではないだろうか。

水穂はむき出しになりかけた感情を押し込め、つとめて冷静に問いかけた。



「私の百面相を見て楽しむ余裕があるようですね……情報分析中ですか」



その問いに、神崎はニヤリと笑った。



「アンタ、良い勘をしているね。こんな場合は動かないに限る。

むやみに動くと相手を警戒させる。大勢で動けばこちらの動きを察知されてしまう」



そう言うと、神崎の指がキーボードの上で忙しく動き出した。

しばらく画面を凝視していたが、やおらタバコを取りだし火をつけると、のんびりと煙の行方を眺めている。



「ここは禁煙ですよ。何度言ったらわかるんですか!」



水穂が神崎の口からタバコを奪い取る。

このやり取りを、もう何度しただろうか。

必死な顔の水穂へ 「固いこと言うなよ」 と神崎が返すのも、日々分室で繰り返される風景になっている。

そんな彼らを、東郷室長は面白そうに見ていた。