父と息子の会話にしては、どちらも遠慮のある物言いだった。
捜査の協力をお願いしたいと、正式な書類を前に形式ばった堅い口調の息子と、事前に電話で聞いていると、伏目がちに話す父親。
もう少し打ち解けた会話ができないものかと、水穂はハラハラしながら二人を見ていた。
「香坂さん、こちらは全面的に協力させていただきます。結果が出たら、すぐにお知らせします」
「ありがとうございます」
「そういう言うことで……水穂、行くぞ」
親子らしい会話はひとつもなかった。
ぎこちない父と息子は、依頼する側とされる側の立場に終始していた。
征矢があいだに入り会話を向けても長続きせず、用件のみが話される場で終わった。
水穂は先に歩く神崎を見ながら、いたたまれない気分になっていた。
「タバコを吸ってくる……」
喫煙室を見つけた籐矢は、水穂と征矢を残して喫煙ブースに入っていった。
「さっきの部品は、兄が追いかけている事件と関係がありますか?」
「神崎さんが追っている事件を、弟さんもご存知ですか……」
いくら兄弟とはいえ、捜査の内容を話していいものか悩んだが、征矢の様子から事件を詳しく知っているのではないかと水穂は考えた。
「えぇ……まだ、はっきりとは言えませんが、神崎さんはそう思っているようです」
「そうですか……兄のためにも、何がなんでも部品の出所を突き止めます」
弟は兄と同じ目をしていた。
籐矢がこの事件に対する執着心は、ほかのそれとは違うのだと水穂は感じていた。
征矢は単に兄を心配しているのか、それとも他にわけがあるのだろうか……
彼の優しい顔からは読み取ることができない。
「香坂さん、兄をお願いします。香坂さんなら、安心してお願いできます」
「……いえ、その、私には……」
「ご覧になったとおり、父と兄の関係はあまり良いものではありません。
ですが、兄も香坂さんには心を開いているようです。これからもよろしくお願いします」
征矢の頭が深々と下げられて、水穂も戸惑いながらも頭を下げた。
喫煙ブースから戻った籐矢は、いつもの顔に戻っていた。
水穂へどうでもいい冗談を言い、玄関まで見送ってくれた征矢へ無理はするなと兄らしい言葉をかける。
「兄さん、来月は家に帰ってくるだろう? みんな待ってるから、母さんも……」
「あぁ……わかってるよ」
それまでの穏やかさが、家族の話題が出たとたん重苦しい雰囲気に変わり、気まずさを含んだまま短い別れの挨拶をかわした。
征矢と別れると、振り向くこともなく籐矢は足早に社屋を後にした。
歩きながら上着を脱ぎ、ネクタイを緩めて大きく息を吐いた。
神崎親子には、予想以上の確執があるようだ……
何がそうまでさせてしまったのか水穂には判りかねたが、重苦しい対面をすませた籐矢をそっとしておいてやろうと思い、黙って籐矢の後に続いた。
「メシでも食うか」
「はい!」
「いい返事だな。何でもいいぞ」
「本当ですか? 何でもいいって言いながら、コンビニのお弁当から選べなんて言わないでしょうね」
「ほぉ、おまえもだいぶ俺のことがわかってきたじゃないか」
「えーっ! コンビニ弁当だなんて……少しでも信じた私がバカだった」
そんな返事をしたが、籐矢がいつもの口調に戻ったことで水穂はほっとしていた。
「冗談だよ。さっき弟に聞いてきた。この近くに美味いイタリアンがあるそうだ。そこに行くか」
「行きます! 行きます! そうならそうと、早く言ってくださいよ」
「はは……おまえと話してるほうが気が楽だな」
「えっ?」
水穂は先に熱きかけたが、籐矢がもらした言葉に驚き振り向いた。
メガネをはずして左手で目頭を押さえている。
「神崎さん、メガネをはずすとカワイイな。意外に垂れ目だし」
「男に向かって ”カワイイ” はないだろう。イタリアンは撤回、コンビニ弁当だ」
「え~~っ、ウソです、ウソです! 凛々しいお顔ですぅ~」
「もう遅い。さて、そこのコンビニに行くか」
「ちょっと待ってくださいよー」
籐矢が水穂の頭を小突く。
水穂は、籐矢を拝んだり、腕を取ってひっぱったり、じゃれ合うような二人だった。
彼女が兄を変えたのか。
彼女の弾けるような明るさが、兄の心を癒したのかもしれない……
玄関から立ち去りがたい征矢は、二人の姿が見えなくなるまで見つめ続けた。



