神崎籐矢のマンションへの道のりを、香坂水穂は仏頂面で運転していた。


あの言い方って、なに様のつもり?

ホントっ頭にくる!

神崎さんって、人使いが荒すぎ、もっと部下を大事にしてよ!

あー腹たつー!!


走行中、目の前に割り込む車に向かって 「勝手に割り込まないでよ!」 と叫び、煽るように走る車へ 「私に張り合うつもり? 十年早いわっ!」 と怒鳴りながらアクセルを踏み込む。

スピード違反さながらに車を走らせる水穂の機嫌は最悪だった。


その日、籐矢は出勤していなかった。

珍しいこともあるものだと思っていたところ、連絡が入り…… 



「10時に俺のマンション前に車で来てくれ」


「どうしたんですか、病気にでもなりました?」



水穂は、本当にそうなのだろうと思った。

それにしては声が元気ですね、と言うより先に声がした。



「じゃぁ、頼んだぞ」



有無を言わせぬ言い方は、水穂を怒らせるに充分だった。





乱暴な運転で10時より早くマンションに着くと、玄関前に人が立っていた。

それが籐矢だとわかるまで、たっぷり数秒はかかった。



「神崎さん、その格好……どこに行くんですか?」



いつもとあまりにも違う籐矢の姿を目にして、水穂は朝の挨拶も忘れていた。

ダークブルーのスーツはいかにも上質で、細身のメタリックフレームのメガネが顔にぴたりと収まっている。

顔が映りそうなほどピカピカに磨き上げられた靴と、幅の広いストライプのネクタイが嫌味に見えないのは、すっきりとスーツを着こなしているからだろうか……

水穂は、上から下へ、下から上へと籐矢の姿を何度もたどった。



「服装チェックはすんだか……行くぞ」


「あの……行き先を聞いていませんが」


「目的地は神崎光学の本社だ。ナビで確認しておけ」



憮然とした物言いに水穂はカチンときたが、神崎光学を訪れる理由を思い出した。

栗山から依頼された部品のことで、籐矢は苦手な父親と会わなくてはならないのだ。

それが籐矢を不機嫌にさせている。



「私一人で行きましょうか。神崎さん……なんだか辛そうです」



水穂の意外な申し出に、籐矢の表情が崩れた。



「いや、そういうわけにもいかないだろう。心配を掛けてすまない」



珍しく殊勝な言葉が返ってきた。



「いつも、今みたいに素直でいて欲しいですね。やればできるじゃないですか」


「おまえなぁ、人がせっかく低姿勢でいるのに、気勢をそぐようなことを言うな」


「低姿勢って、すまないって言っただけじゃないですか。ふん、心配なんかするんじゃなかった」


「あのなぁ……ふぅ……もういい、11時に待ち合わせだ、時間に遅れるなよ」



言いたいことだけ言うと、籐矢は目を閉じてシートにもたれた。

実の父親に会うのが気が重いとは、水穂には理解しがたいことだった。

どんな親子関係なのか、この目で確かめてやろうと思いながら、大通りに出て車を流れに乗せた。