ジュンと入れ違いに、籐矢が歩いてくる。

私に夜景を見せたかったから呼んだの?

何のために?

もしかして、チョコのお礼とか! 

まさか……

水穂の顔は、また百面相になっていた。



「どうだ、綺麗だろう」


「綺麗です。車を止めてまで眺めたくなる気持ちがわかります」


「あいつ等に差し入れをして、この場所に立ったら、あまりにも綺麗な夜景だった。

おまえにも見せてやりたいと思ってな。それだけだ……電話をして悪かったな」


「いいえ……さっきはすみませんでした。

神崎さん、私をここに呼んだのって、チョコのお返しのつもりだったとか?」


「まぁな……」



籐矢の照れた顔が水穂をちらっと見て、それから海へと向けられた。

「神崎さんも粋なことをするじゃないの」 と言ったジュンの言葉を思い出した。



「あのぉ……お気持ちは嬉しいのですが、これって職権乱用では?」


「ははっ……」



籐矢と並んで見る夜景は美しく、寒空の中で輝いていた。 

水穂が風の冷たさに身を震わせていると、車から自分のジャケット持ってきて、「寒いよりいいだろう」 と言いながら水穂の肩にかけた。

籐矢のジャケットは、水穂が着るとロングコートになるほど丈は長く大きなものだったが、風をしのぐのには最適だった。

先ほどまでの籐矢への怒りも収まり、水穂は柔らかい気持ちになっていた。





「ねぇ、ユリ、あの二人、いい雰囲気だと思わない?」


「思うけど、水穂がいつそれに気づくか、そこが問題ね」


「うんうん、そう思うでしょう? あの子、付き合う相手を間違ってる」


「間違ってるかどうか、そうとも言い切れないんじゃない? 

少なくとも栗山さんと付き合った方が、平凡な恋愛ができるはず。

神崎さんとは……どうだろう」



ジュンとユリは、口を動かしながら手も休むことなく腕を大きく回して車を流れに乗せる。

制服姿が様になり過ぎて目立つ二人を冷やかして通る車には、震えあがるほど冷たい視線で相手を威嚇した。

車の流れがスムーズになったころ、ジュンは籐矢と水穂を眺めながら複雑な顔をした。
 


「平凡な恋愛かぁ……でも、私は神崎さんの方が、水穂としっくりいくような気がするんだけどなぁ」


「神崎さん、水穂にだけ気を許してるってことに、まだ気がついてないんじゃない?

あの二人には、男女間の恋愛感情が欠けてるのよ」


「鈍いのは水穂だけかと思っていたけど、神崎さんも相当鈍いわね。天然コンビは世話の焼けること」


「自分では案外気がつかないものよ」


「そうそう」



湾岸の風が容赦なく二人に吹き付ける。

制服のコートを着ていても、寒さをしのぐ手立てには薄かった。

ユリは水穂の不恰好なジャケットが羨ましく見えた。



「ジュン、神崎さんと水穂、進展すると思う?」


「うーん、今のままでは難しいわね。それに、栗山さんが黙っていないでしょう」


「ねぇ、賭けをしない? 来年のバレンタインデーは、水穂がどっちに本命のチョコを渡すか」


「面白そうじゃない! 何を賭ける?」


「そうねぇ……」




遠慮のない言葉ではあるが、籐矢と水穂の関係を的確につかんでいる二人だった。

ジュンとユリに無責任な賭けをされているとも知らず、籐矢と水穂は風の強いレインボーブリッジの上で肩を並べて、街の明かりを堪能していた。