栗山が選んだレストランは、ホワイトデーのカップルでいっぱいだった。
ひと通りでない凝った料理のあとのデザートも、目を見張るほど繊細な細工が施されている。
皿の中の美しい盛り合わせに目をやりながら、水穂はまったく別のことを考えていた。
外務省情報局の一室に通され、籐矢とともに担当官に会った。
「近衛潤一郎」 と名乗った男性は、以前会った籐矢のいとこの夫だと聞いて驚いた。
警察庁長官を叔父に持ち、父は大企業の社長であり、義理のいとこは外務省情報局に勤務している。
普通ではとても手に入らない情報が、籐矢の元に入ってくるのだろう。
籐矢のそばにいるだけで、良い刺激を受けそうだと水穂は思いをめぐらせていた。
「ここのデザートはちょっとしたものだよ。シェフはパティシエの修行をしていた人らしい。
もちろん料理の修業もしたそうだけど、本当はデザートだけで勝負したいと聞いたことがあるけど……
香坂さん、聞いてる?」
「あっ、ごめんなさい。このキャラメルソース、最高ですね」
「また仕事の事を考えていたんだろう? 食事のときくらい忘れなきゃ、消化に悪いよ」
「そうですね……」
水穂の仕事熱心には慣れているが、自分といるときは忘れて欲しい、そう言いたかったが、栗山はあえて言葉を飲み込んだ。
籐矢に対抗意識を燃やしたところでかなうはずもない。
むこうは彼女の上司であり、常に行動を共にしている相手だ。
そうとわかってはいるが、水穂と籐矢は四六時中一緒にいるのかと思うと、栗山はいたたまれない気分になってくる。
「これ、バレンタインのお返し……というか、僕からのプレゼント。気に入ってもらえるといいけど」
「えっ、食事に誘ってくださっただけで満足です。プレゼントなんて、どうしよう……」
「男に恥をかかせないで欲しいな。こんなときは、ありがとうと言って素直に受け取るものだよ」
「すみません」
「謝らないで……ふぅ、そんなところが香坂さんらしいね。あけて」
言われるままに水穂は渡された包みを開けた。
箱から現れたのは、小さな石がはめ込まれたペンダントだった。
「ありがとうございます。大事にします」
律儀に頭を下げると、水穂はネックレスを箱にしまいこんだ。
栗山としてはこの場で首につけて欲しかった。
残念な思いを胸にしまい込み、レストランでの時間を過ごした。
自宅まで送り、水穂が家に入るのを見届けた栗山は、車に乗ったまま香坂家の玄関を見つめていた。
別れ際にぎこちなく合わされた唇は、水穂の純情さを物語っていた。
仕事のこととなると目を輝かせるのに、不意に触れるといまだに体を強張らせる。
それも彼女の魅力のひとつだと、そんなことを思っていると、家に入ったばかりの水穂が玄関から出てくるのが見えた。
ほどなく、玄関に横付けされたタクシーに乗って立ち去った。
こんな時間にどこへ行くのだろう、あの様子は仕事が入ったのだろうか。
水穂と籐矢が一緒の姿が頭に浮かび、栗山の気分はさらに沈んでいった。



