ため息をつく、髪をかきむしる、遠くを見る、顔を叩く……

今日の水穂は一人芝居のようだと籐矢は面白そうに見ていた。



「おい、出かけるぞ」



声を掛けると、見られていた恥ずかしさを隠すように、すっくと椅子から立ち上がり、いつもなら 「どこに行くんですか?」 と聞いてくるのに、今日は黙って籐矢の後についてきた。



「俺が運転する。今日のおまえは使い物にならん」



いつもなら水穂に運転させて、籐矢は助手席と決まっていた。

それが、今日は自らハンドルを握っている。



「すみません……私 あの……」


「何があったか知らんが 仕事とプライベートは分けろ」


「はい……」



しょんぼりした声が返ってきた。



「で、何があったんだ?」


「神崎さん、言ってる事がめちゃくちゃですね。仕事とプライベートは分けろって言っておきながら聞くんですか?」


「上司は部下の内面もケアするんだよ。悩みはなんだ、遠慮なく言ってみろ」


「へぇ、そんなことまで神崎さんの仕事ですか。知らなかった、でもいいです。 

上司だからって、全部知ってもらう必要はありませんから」



頬を膨らませて、プイと外を向く水穂がドアミラーに写った。



「ほぉ……栗山に交際でも申し込まれたか。おめでとう」


「どうしてわかるんですか!!」


「図星だったようだな。それくらい容易に想像がつくさ。朝からため息ばかりが聞こえてくるからな」



前を向き運転をしながら、籐矢の口の端が笑っている。

はぁ……と、水穂はまた、ため息をついた。



「おまえにため息は似合わないぞ」


「似合わなくて結構です!」


「せっかく付き合ってやろうって男があらわれたんだ。ありがたく受けろ」


「栗山さんは、付き合ってやろうなんて言い方はしません」


「ふぅん……じゃぁ、お付き合いしてください、お願いしますと頭を下げられたか。栗山も必死だな」


「違います! 勝手なこと言わないでください。付き合って欲しいって、普通に言ってくれただけですから」


「なんだ、普通か、つまらん」


「人のことで面白がらないでくださいよ。もぉーっ!」


「いや、実に面白い。まさか、告白のセリフまで上司に報告してくれるとは思わなかった」


「はっ……」



とぼけた顔の籐矢の誘導尋問に、気がつくとしゃべらされていた。

もうこれ以上は話すものかと、きつく口を閉じた水穂だった。

が……



「恋愛の相談ならいつでも乗るぞ。こう見えても経験豊富だからな」


「へぇ、そんな風に見えませんけど……」



水穂の目が、疑わしそうに籐矢を見据える。



「男と女ってのは、き合ってみなきゃわからん。相性が合うかどうか、数をこなしてこそ会得する」


「なんですか、それ……経験豊富って、ただの遊び人じゃないですか。私、そんなことできませんから」


「おまえなぁ、その歳でまさか恋愛経験もないってことはないだろうな」


「まっ、まさか、ほっといてください」


「付き合って相性がよければ一緒に住む。結婚はその先だ。それくらいの気持ちの余裕が必要だな」


「ずいぶん詳しいですね。神崎さん、同棲でもしてたんですか?」


「まぁな」


「えーーっ!!」



本当だろうか、いや担がれているのではと考えをめぐらす。

籐矢の顔を盗み見るが、今は笑っていない。

では同棲は事実なのか……

水穂の顔はまた百面相になっていた。



「同棲って簡単に言ってくれますね。もちろん結婚を前提にですよね?」


「それがわからないから、一緒に住んで相性を確かめるのさ」


「不潔だわ」


「不潔とはなんだ、認識不足だぞ。フランスで同棲は非難されることではない、むしろ歓迎される。

一緒に暮らしているカップルの半分以上は同棲だ。それでうまくいけば結婚にいたるカップルもいる」


「上手くいけば結婚って、結婚しない人も多いってことですか」


「ユニオン・リーブルって言葉を知ってるか。内縁関係という意味だ。 

恋愛至上主義の彼らは形式にとらわれない。あっちの人間は合理的な考え方をするんだよ」



真面目な顔をして ”同棲” をレクチャーする籐矢は珍しく饒舌だった。

しかし、どこまでが本当のことなのか、サングラスの目からは判断が付きかねた。



「ところでどこに行くんですか?」


「おまえの彼氏がいるところだよ」


「はぁ?」



車が進む道には見覚えがあった。



「もしかして……科捜研ですか?」


「だから言ったろう。おまえの彼氏がいるところだって」


「違います! 勝手に決めないでください!!」



もうこれ以上は絶対言うもんかと、水穂は籐矢から顔を背けた。