神崎は、約束どおり水穂を食事に連れて行ったが……



「えぇーっ、ここですか?」


「ここですかはないだろう。ここの親父さんに失礼だ」


「あっ、すみません……」



神崎の行きつけなのか、屋台の親父と親しげに話す姿があった。



「事件の後は、屋台で一杯ってのがお決まりなんだよ」


「どこにそんな決まりがあるんですか。刑事ドラマの観すぎです。

はぁ……栗山さんとお洒落なレストランで食事のつもりが、おでんですからねぇ。

次は邪魔しないでくださいよ」


「次があればいいな」


「もぉー、憎たらしいことばっかり。みんな、こんな神崎さんを知らないんですね。 

なんで人気があるのかな、ほんっと信じられない」


「ほぉ、俺は人気があるのか。そうだろう、そうだろう、わかるヤツにはわかるんだよ」



コップ酒を傾けながら、得意げな顔の神崎が大根をつついている。

水穂がうらやましい、神崎と一緒に仕事が出来るなんてラッキーだと女の子たちに騒がれ、そのたびに 「全然よくない」 と否定するが、誰も取り合ってくれない水穂としては、神崎の態度が余計に腹立たしい。


”どこがいいの? 口は悪いし意地悪だし、カッコいいなんてどこを見てるのよ!”


ブツブツ言いたいのを我慢しつつ、おでんをもりもりと食べる。

文句を言ってはいたが、ここのおでんはなかなかの味だと胃袋は満足した水穂だった。





「お母さん、私、お茶のお稽古をまた始めようかな」


「急にどうしたの? いいわね、母さんは嬉しいわよ」



家に帰り着いて、先ほどから考えていたことを口にした。



「今日ね、着物の知識が役立ったの。何事も経験かなぁと思ったの」


「そうよ、水穂ちゃんがそんな風に感じてくれるなんて、本当に嬉しいわ。

さっそく先生に連絡しましょう。お稽古日は日曜日でいいわね?」



母の曜子は、すぐにでも電話しそうな勢いである。

大学で家を出た娘が、先ごろ家に戻ってきたことも嬉しいようで、なにかと世話を焼きたがる。

母親のおしゃべりに適当に応じながら、水穂はほかのことを考えていた。

神崎が追っている人物がいるらしい。

それは、例のテロ事件に関係している人物に間違いない。

教団から忽然と姿を消した男と、それを追う神崎。

この事件を解決しない限り、神崎の背負うものは軽くならないのだろうと漠然と思った。