「どこに行くんですか? あっ、失踪した教団幹部の行方がわかったんですか!」


「いや、それはまだだ。宗教団体に多額の寄付をしていた、企業の社長夫人が亡くなった。

事件との関係はまだ不明だが、お前には夫人の検分に立ち会ってもらう」


「はぁ……楽しい食事のはずが、死体改めですか……神崎さん、恨みます」


「悪いな」



口とは裏腹に、神崎に悪びれた様子はまったくない。



「仕事が終わったらご馳走してくださいね」


「いいとも。しかしなぁ……」


「しかし、なんですか?」


「死体を見たあと、食事をしたがる女も珍しいと思ってね」


「うっ……そんなにひどい死体なんですか」


「さぁて、どうだろうな」



神崎特有の意地悪か、本当のところは教えてくれなかった。

だが、神崎の言うことももっともだった。

仕事を始めた頃は現場に立ち会うたびに、ひどい吐き気に襲われた。

それが今ではどうだろう、どんな状況に立ち会おうが動じることはない。

いかなる場面であっても淡々と仕事をこなすのだから、水穂は自分が捜査員として成長したのだと思いながら、女としての感情が薄れているのかと、少しさびしい気もした。

神崎に茶化されたが、仕事の後は必ず空腹に襲われるのだから、慣れ以外のなにものでもない。

しかし、女性らしさを装うより自然な欲望を選択した。



「食事、約束ですよ」



神崎を見ずに念を押した。




現場に横たわる着物を着た女性の遺体を見た瞬間、水穂は違和感を覚えた。

衣服の乱れはなく、どこが外傷なのかもわからない。



「死因はなんですか?」


「外傷はないから服毒か……まだ捜査中だそうだ」


「自殺では?」


「それもまだわからない。遺書は見つかっていないから、他殺の可能性が大きい。

どうした、なにか気になるのか?」


「えぇ、この人の着物に違和感があるので……

綺麗に着てはいますが、組み合わせがしっくりこなくて」


「おい、お前のファッションセンスはどうでもいい」


「そんなんじゃありません。着物と小物の組み合わせが変なんです」


「変って、どんな風に変なんだ? 俺には普通に見えるが」



水穂は死体のそばにしゃがみこみ、着物を触りながら話し出した。



「着物は、着ていく場所によって細かい決まりがあります。

これは無地と言って、無地を一枚持っているとどこでも通用しますが……

この帯留めはかなり高価なものですね、自慢したくなるような一品です。

大きな宝石の帯留めを絞めるなら、ほかの着物を選びそうなものなのに」


「無地ではいけないの決まりでもあるのか」


「そんなことはありませんけど、宝石の帯留めは、もっと華やかな着物の方が似合います。

かなり地味な着物を着ているので、それが気になって……

帯留めばかりが浮いてるんですよね、なんかしっくりこないというか、うーん」



「このあと茶会に出る予定だったらしい。そこで豪華な帯留めを自慢したかったんじゃないのか?」


「茶会ですか、それならなおさら変です。茶席で宝飾の類は一切身に着けません。

ですから、茶席で帯留めを自慢することはありません」



その場の空気が変わった。

捜査員がいっせいに顔を見合わせる。



「アンタ意外と物知りだな。もうひとつ聞くが、帯留めってのはあとから替えることも可能か?」


「はい、簡単です。この紐は帯締めといいます。着付けの一番最後に締めます」



帯締めを示しながら、水穂は説明を続けた。



「この人、茶席に出るくらいですから、着物のきまりを知らないはずはありません。

帯留めは、第三者がつけたと考えた方が自然でしょう。

着付けはできるけれど、茶席の作法を知らない人だと思います」



水穂の言葉を聞いて捜査員等の動きが慌しくなった。

神崎が満足げに水穂の顔を見ている。



「神崎さん、そのニヤニヤ顔、全然似合いませんけど」


「バカ、感心してるんだよ。さすがにお嬢様育ちは違うと思ってね」


「バカとお嬢様育ちは余計です!」




水穂の指摘から、夫人の髪をセットした若い美容師が容疑者として浮かび上がった。

美容師には多くの借金があることがわかり、すぐに詳しい捜査が始まった。

今回の事件は教団とは直接関係はないと判断され、捜査の主導権は他の課へと移った。