大きなサボテンに取り囲まれた家だったから、見ればすぐにわかると思っていたが、そのサボテンの家が見つけられない。

 苗字も思い出せず、サボテンっぽい雰囲気があった苗字だったような記憶だけは残っていた。


「サボ山、サボ田、サボ川、あれ? なんだっけ」


 本当は緑川さんだったが、サボテンの色と緑が当時は結びついてサボテンのような名前と思っていただけだった。

 怪しく挙動不審に辺りをキョロキョロしながら歩く俺に、犬の散歩をしていたおじさんが声を掛けてきた。


「どうしたんだい? この辺りで見かけない学生さんのようだけど」


 怪しいと疑われていても、この場合はちゃんとした理由があったので、声を掛けてくれたのは有難かった。

 サボテン爺さんのことを話し、その家を探していると説明すると、おじさんは警戒心がとけたように親しく話してくれた。


「ああ、緑川さんの爺さんか。昨年お亡くなりになって、あの家は家族の方が売りに出されて、それからサボテンも片付けられてしまったよ。なんかこの街の名物が消えたみたいで私も寂しく思ったもんだった」


 家の場所を教えてもらって見に行けば、おじさんが言ってた通り、その家にはサボテンはなかった。

 表札も別の名前が掛かっており、建物自体は変わってないはずなのに、そこには小学生の時に見た家とは違うものが建っていた。


 冷たい月の光が、無情にあの頃の面影をなくした姿を照らしだす。


「一つでもサボテンが残ってたらよかったのに」


 俺はサボテンが妙に懐かしく、あの時一つ貰っておけばよかったなどと今更後悔しだした。

 その時、葉羽が貰ったサボテンを思い出し、あれはどうなったのだろうと気になって仕方がない。

 枯れかけてただけに、すでにもう手元にないだろうと思っていたが、満月を見上げ、透き通る光があまりにも美し過ぎて、サボテンの事が頭から離れなくなった。


 俺は月の魔力で好奇心がうずいてしまった。


 慌てて夜道を歩き、伯母の家ではなく葉羽の家の前に立ちふさがった。

 このまま帰るか、それとも葉羽に会うか、少し迷い満月の夜空を仰いだ。

 真珠を思わせるようなその月の光が優しく微笑んで味方してくれているようで、俺はその光に促されるようにインターホンを押していた。


 「はい」と葉羽の母親の声が聞こえてきた。