「ハヤ! 待って!
いつも通り、アヤって呼んで。
ここには、私たちしかいない。
香久山の宮でもない。」

私が言うと、ハヤは苦々しそうに顔を歪めた。

「でも、もうあの頃のアヤじゃない。」

「っ!!
………………そうね。
もう、ハヤと夫婦になるって信じてた私では
ないわ。
でも、私は、ハヤが香久山に迎えに来てくれる
と信じてた。
大王から奪い返してくれると思ってた。
ハヤも何があっても私を守るって言って
くれたあの頃のハヤじゃない。」

ハヤは驚いて顔を上げた。

「ハヤ………
ハヤは私が喜んで大王の所へ行ったと
思ってる?
ハヤの事を忘れたと思ってる?」

ハヤは黙って首を横に振った。

「俺だって、アヤを連れ戻しに行きたかった。
でも、もし俺が捕まったら、桑の里は
どうなる?
大王の妃を簒奪すれば、類は一族に及ぶ。
里ごと潰されるかもしれない。
俺のした事を理由にして、機織りの技を手に
入れようとするかもしれない。
だから、行けなかった。
俺は、アヤを諦めるしかなかった。」