煙を吐き出しながら目の前で減速していく列車を見ながら舞音は後ろを振り返る。
見送りに来た仲間たちが期待の眼差しを向けていた。
舞音たちの脇をたった今列車から降りて来た人々がゆうゆうと抜けて行く。

「色々な物を見て来てね。」

「帰って来るのが楽しみだ。」

皆と抱擁を交わすと期待を胸に列車に足を踏み入れた。
ゆっくりと動き出す駅の風景が少しずつ遠ざかって行く。

汽車の旅は長い。
舞音はイヤホンを耳に挿した。
荷物を減らすためにヘッドホンは置いてきた。
耳に流れ込むのは軽快な音楽でヴォーカルの女性の声がフワフワと心を軽くする。
何者にでもなれそうなそんな気持ちになった。
曲に合わせて車窓に付けられた白いカーテンが揺らめく。
それが舞音の気持ちをより一層大きくさせた。

いつのまにか寝ていたらしい。
舞音が目を覚ますと窓の外は全く知らない土地だった。
音楽の流れたままのイヤホンを耳から抜くと一気に体に緊張感が駆け巡り肩まで伸ばした髪が不安げに揺れる。
知らない場所、知らない文化、少し訛った言葉、さっきまでと違う車内の客層に舞音は言い知れぬ思いが沸き起こった。


“次はー、琴虵(きんじゃ)。琴虵。お忘れ物の無いようにご注意ください。”

無機質なアナウンスが流れる。
舞音は慌てて降りる準備をした。

やがて減速する列車を降りれば一瞬で空気の違いを感じた。
歩みを止める舞音の横を足早に皆が去っていく。
そんなにも何に急かされているか分からないくらい殺伐とした空気があった。

駅を出ると街はどこか閑散としている。
日はまだ高いのにひっそりと寝ているような空気だ。
裏路地に目を向ければ荒れた生活を一瞬で理解できる。


「こんな所でボサッと何してんの?」

突然の事に舞音は肩を跳ねさせた。
邪魔なんだけど、と続ける少女は髪も短く一見すると男か女か考えてしまう。
怪訝な顔でこちらを伺う彼女は舞音を一瞥すると急に興味が失せたように立ち去ろうとした。