そんなふうに穏やかに話す彼は、いつも通りだ。


私の知ってるいつもの彼方くん。


だけど今は、一体どんな気持ちでこんなことを言っているんだろうと思う。


裏ではあんなふうに思ってるくせに、どうしてそんな普通に笑っていられるの?


「だ、大丈夫だよ……。なにも悩んでないから」


私は動揺するあまり、声が震えそうになるのを必死でこらえながら返事をした。


こうして会話しているのも辛い。今まで通りになんてできるわけがない。


彼方くんはそんな私の思いなど知るはずもなく、笑顔で話しかけてくる。


「あ、それでさ、俺、雪菜に数学で教えてもらいたいところがあってさ」


「えっ……」


「ここの問題なんだけど」


そしていつものように彼は私の机に数学のノートを広げ、問題の解き方を尋ねてきて。


だけど、私はもう無理だった。


これ以上、彼と話していられなかった。


ガタンとその場で席から立ち上がる。


「ご、ごめん……」


目をそらしたまま、暗い声で。


「私、ちょっと用事あるからっ」