少し話そうか?と言う、木村部長に付いて外来棟へと来ていた。

日中はごった返してる待合室も、診療時間外となれば、閑散としていて、照明は消え、非常灯だけが淋しく点っている。

「懐かしいなぁ…」

どこか遠くを見るように懐かしいと言う木村部長。

え?

「昔、良くここでひとり泣いていたんだ…」

「木村部長?」

「君のお父さんに叱られたのも丁度この辺りだったかな?」

「え?私の父をご存知なんですか?」

「あぁ、もう何年まえになるかな…?」

木村部長はゆっくりとそして静かに話し始めた。

「結婚して三年ほどたった時、もうその時は手遅れだったんだ」

え?誰の話?

「当時の私は仕事が忙しくて、家には寝に帰るだけで、妻の顔さえ見てなかった。いや、見ようとしてなかったんだろうな?だから、妻の異変にも気付いてやれなかった」

え?部長の奥さんの事?

「妻は乳ガンを患って居たんだ。
彼女は自分の体の異変に気付いて地域検診を受けて乳ガンと診断された。
だが、もうその時は随分進行していてね?
彼女は私に知らせず、ひとり病と戦っていたんだ。
私が知ったのは病院からの連絡だった。
連絡を受け私が駆けつけた時には、妻は私の知る面影はなく随分痩せ細っていた。
私は自分を恨んだよ…何故気付いてやれなかったのか!
彼女を幸せにすると誓ったのに!…
でも彼女は私を恨むどこらか『ごめんなさい』と涙ながらに謝っていた。
謝るべきなのは私なのに…
妻は既に食べることが出来なくなっていたのに『あのビーフシチューが食べたい』って言ったんだ」