窓際の長机、一番奥の目立たない席。そこに座っている彼は、参考書に目を落とすでもなく、数式を解くでもなく、ただ真剣に、一冊の本を読んでいた。

 ぴんと伸びた背筋。本は机には置かず、古文を読み上げる国語教師のように胸の前で持ち、静かにページを捲っていた。

 背は高いけれどバランスの良い身体つき。目立つわけではないけれど、整った顔立ち。丁寧に梳かされた猫のような、まっすぐな髪の毛。崩さずにぴしっと着ている制服。

 普通に考えれば、必死で追い込みの勉強をしている生徒の中、ただ本を読んでいるだけの生徒がいたら、妬みややっかみの対象となると思う。

 しかし彼の姿は、そこにいる誰もが気に留めていないように見える。「彼がそこにいる風景」として完成されてしまっているように。

 それは彼の見た目がいいから女子に容認されている、というわけではないだろう。たぶん。
 彼のあまりにも静かで、そして真剣なその姿に、みんな仙人じみたものを感じているからだと思う。

 読経をする僧侶のごとく、達観した者だけが醸し出すある種の雰囲気。彼からはそれに近いものを感じた。
 彼が読んでいるのは、般若心経でもコーランでもなく、文学小説だけど。今日は、ハードカバーの「指輪物語」だった。

 変わった生徒だな。私の彼に対する感想は、それくらい。彼に話しかけられるまでは、それ以上の興味なんてなかった。